遠目に見るシリウスはとても良いものだ。
とにかく見栄えがする。ただ歩いたり喋ったり、本のページをめくったり、コートを羽織ったり、無造作に髪を掻き揚げたり。どうということのない日常的な動作ですら、どこかしら芸術品のような雰囲気がある。おまけに本人は気に入らないようだが、彼の容姿といったら、人形だろうかと思うくらい整った顔立ちだった。
何もしていないのにこれだけ目立つ男もそうはいないだろう。そういう男を遠くから眺めるのは、なかなか興のある娯楽だとジェームズは思うのだった。
四階の窓から眺めているのでシリウスの声は途切れがちにしか聞こえない。彼は先ほどから大柄な体躯の黒人につかまって何か小言めいたことを言われていた。キングズリーだとジェームズは面白そうに二人が怒鳴り合う光景を眺めていた。
この数歳年上の上級生のことを、シリウスは苦手としていた。「嫌い」ではないのはジェームズにとって幸いなことだった。というのも、キングズリーはジェームズにとって歳の離れた兄のような存在だったからだ。どちらかといえば、規律を重んじる性質であるキングズリーにとって、ジェームズやシリウスの行う、度の越えた悪戯の数々は目に余るものがあるのだろう。不運にもキングズリーの機嫌の悪い時に彼の射程圏内をふらついていると、首根っこを押さえられて説教を食らうことがしばしばある。それでもジェームズは、長年の付き合いから、苛立ちの矛先を上手くかわしたり緩和したりする方法を知っていたので、シリウスのように頭から反抗的に言い返して説教を長引かせたりはしない。
適当に頷いておけばいいのに。キングズリーはおせっかいが趣味のようなものなんだから、と本人が聞けばかなり憤慨しそうなことを考えたジェームズだったが、それでも、ジェームズなりに年長の友人のことは大切に思っていたし、敬意も払っていた。たとえ欠伸を噛み殺して右から左へと聞き流しているとはいえ、長々とした説教をおざなりながら最後まで聞くのも、彼に対する信頼や好意といった気持ちがあるからだった。そしてそれはシリウスも同じだろうと思う。頑迷に反発してはみるものの、彼も本心からキングズリーを厭っているわけではない。だから、ああやって、シリウスの基準からすれば驚くぐらい穏便に、言い争うことが出来るのだった。
そんなことを考えながら喧々囂々と言い合う二人を見ていたが、しばらくするとようやく説教が終わったようで、キングズリーがまだ何か言い足りなさそうな顔をしながらも去っていった。その背中に向かって何やら悪態らしきことを浴びせたシリウスは、憤然とした面持ちで腕を組みながら近くの柱に寄りかかった。だが、彼の場合、そう長い間怒りは持続しない。言いたいことはその場で言い、怒りも憤りもすぐに発散して、ぱっと綺麗に忘れてしまえる性質なのだ。案の定、それまでの怒りが嘘のように億劫そうに瞳を半眼にして、あまり表情の見えないつまらなさそうな顔に戻った。
ああ、やっぱりこういうのが様になるなとジェームズは思った。シリウスの場合、感情を落とした姿の方が似合っているのだ。
「よく見てるね」
ふと掛けられた声にジェームズは、彼にしては珍しくぎょっとして振り返った。
「……やあ、リーマス」
いつからそこに、というと、十分くらい前からという返事が返ってきた。
「すぐに声を掛けようかなと思ったけど、何か一人で楽しそうだったから」
邪魔するのも悪いと思ってというのは明らかに後から申し訳程度に考えた説明だろう。本当はそんなジェームズのことを面白がって見ていたに違いない。一見したとこの無害な外面とは違って、なかなか強かでいい性格をしているのだから。
「リーマス、暇なの?」
「まあね。ジェームズは?」
「実は暇じゃないんだ」
待ち合わせがある、と言って窓際にもたれかかっていた体をひょいと起こす。
「誰と?」
「シリウスと」
リーマスは肩をすくめて意地悪しないで行ってあげなよと促してきた。別に意地悪をしているわけじゃないよと返す。
「趣味みたいなものさ」
いわゆる芸術鑑賞ってやつ?
やっぱり意地悪だと嘆息するリーマスを背後にジェームズはトントンと軽快なステップで階段を下り始めた。
そう、意地悪なんかじゃないさ。だってああいうシリウスは遠くからでないと見られないから。
でもやっぱり隣にいる時が一番いいかな、と首を傾げる。
そういうのを確認するためにも、たまには遠くからシリウスを眺めるのもいいと思うんだ。
今までジェームズが居座っていた窓際まで寄りひょいと下を見ると、コートをばさばさとなびかせながらジェームズがシリウスのところまで走っていく姿が見えた。近寄るジェームズを見ながらシリウスが何やら罵るように文句を言っていたが、ジェームズは悪びれることもなく二、三言、言葉を返した後に、突然笑い出した。シリウスもしばらく渋い顔をしていたが、すぐにつられたように笑い出す。
それは屈託のない、楽しいばかりの笑顔だった。
少し羨ましいかなとリーマスは思った。悪戯も喧嘩も、いつだって全力で、いつだって輝いている。いつだって最上のものしか二人は共有しない。
まぶしい。羨ましい。妬ましいと思うことさえある。
けれどリーマスはそんな二人が好きだった。それは他のどんな感情も上回る、圧倒的で輝くものだった。
「よく見てるね」
「……やあ、ピーター」
声のした方を振り返りながら、全く気付かなかったとリーマスは苦々しい顔になった。いつからそこにと、どこかで聞いたようなセリフを口にすると、今さっきだよという答えが返ってきた。通りかかったらリーマスが何かを夢中になって見てるから気になったんだ。
思わず額に手を置きばつの悪さに低く呻く。これは何の因果だろうか?
「ど、どうしたの?」
「うん…何か…既視感が」
やれやれとため息をついた。何とも間の抜けた展開に頭がクラクラする。
リーマスはしばらく何とも言えない表情をした後に、盛大なため息をつくと、窓際に手をつきながらアレ、と眼下の二人を指差した。
「仲が良いよね、いつもいつも」
羨ましいや、と口にしたピーターに、やっぱりそう思うんだとリーマスは考えた。そして、自分でもお門違いの逆恨みだとわかる感情だと自覚しつつも、二人のベッドに覚えたての魔法でいたずらでも仕掛けてやろうかと考え、にこにこ満足そうな笑顔を浮かべた。
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