ツォンは目立たない男だった。
彼と同じ時期にタークスに配属された者は他にも何人かいたが、
ツォン以外の誰もが新人らしい気負いと満ち溢れる若さで輝いていた。
黒髪で長身の男は、彼らに交じってひっそりと立っていた。
まるで目立つことを怖れているように気配を感じさせなかった。
ツォンの纏っていた空気は静かだった。タークスには似つかわしくない穏やかさすらあった。
だから意識して気に留めなければ気付かないような、そんな目立たない男だった。
神羅ビル本社にあるタークス本部に集まった新人を眺めながら、
ヴェルドがツォンに目を留めたのは、彼のクセのない黒髪が、
タークスにいた昔の同僚を思い出させたからだった。
でなければヴェルドも他の者達と同様にツォンの存在を気に留めることはなかっただろう。
しかし一度目を向ければ、彼の存在は無視できないものだった。
ひっそりと息をひそめるようにしながら、彼はその場にいる者の動向すべてに
神経を張り巡らせていた。身じろぎ一つせず、呼吸すらも最小限にしている様は、
生きているのか死んでいるのかを疑う程だった。
唯一、彼に生を感じさせる部分は瞳だった。黒髪と同じ深い色の黒眼は、
鋭い切れ味の刃物のようだった。なるほど、彼には油断がない。突発的な有事の際、
咄嗟に反応できるのは、新人の中では彼一人だろう。
だが、若い、とヴェルドは思った。
姿を見せている場でわざわざ気配を殺すのは警戒していると自ら暴露しているようなものだ。
油断がないのは結構だが、そんなに気を張りつめていては神経が休まることがないに違いない。
本部はタークスが唯一警戒を解いてくつろげる場所なのだから、もっと肩の力を抜いた方がいい。
まあ、タークス向きではあるようだがな‥‥。
いささか警戒心が強すぎるきらいはあるものの、無警戒よりはずっといい。
新人の中では最も見込みがありそうだ、とヴェルドはツォンを評価した。
↑主任と新人ツォンさん。はじまりはこんなカンジ。
↓逆にツォンさんから見た主任はこんなん。
ミッドガルは昼といわず夜といわず、魔晄の淡い緑に彩られる都市だった。
その中心にそびえ立つ神羅カンパニー本社ビルも例外なく魔晄の洗礼を受けている。
ビルの外壁は光沢のある白色だったが稼動する魔晄炉から漏れる光を浴びて、
常に魔晄と同じ淡い緑色に輝いていた。
神羅ビル本社の一角にあるタークス本部へ入るには特別なIDとパスワードが必要となる。
それは本社ビルの他のフロアに比べて格段にセキュリティの高いものだった。
本部と同じぐらいのセキュリティがあるのは、社長室と幹部役員室、
それから科学部門の研究室くらいのものか、とツォンは考えた。
それはタークスの果たす役割がこれらと同等の価値があるという何よりの証だった。
「ツォン、行くぞ」
聞きなれた低い声に反射的にはい、と返事をする。
ヴェルドは返事を聞くとすぐに踵を返して歩き出した。
彼の後を追い主任室を出る。そこはタークスメンバーの待機場所になっている。
彼らはヴェルドの姿を見ると一様に姿勢を正した。
ヴェルドはタークスにおいて畏怖される存在だった。
彼は遂行された任務の結果のみで人を判断する。その評価においては
如何なる事情をも考慮しなかった。淡々と一切の情を交えず、
任務の達成度で人を判断し、処遇を決める。
彼のその冷徹さはツォンにしても怖ろしく感じられるものだった。
だが、とツォンは考える。それは彼の優しさでもあるのだろう。
ヴェルドは冷徹ではあったが、冷酷ではなかった。彼が主任になる前のタークスは
死亡率が三割を超えていたという。それが新人となると二人に一人は死ぬか、
仕事を続けられなくなるほどの怪我を負っていた。不足分の人員はすぐさま補充され、
再び何人もの人材が浪費されていく。以前のタークスはその繰り返しだった。
ヴェルドは人材育成の改革を社長に直談判したという。その説得の際には主に経費について言及したというのだから、人を見て説得の方法を選ぶ手腕はさすがだった。
確かに一人前のタークスを育てるにはソルジャーファースト並の莫大な経費がかかる。
また、コスト面以外でも経験という得がたい財産を使い捨てにするのはマイナスにしかならない。
なるほど、確かにヴェルドの言う通りだった。
だが、ヴェルドの本懐はもっと別のところにあったのではないか。
人的資源の節約と謳いながら、その実、命が無為に消費されることに心を痛めていたのではないか。
何故なら人は冷たいだけの人間にはついて行かない。ヴェルドは畏怖されていたが、
同時に尊敬され、慕われてもいた。彼なら信頼出来る、
この人の下でなら命を掛けられるという安心感を与える人物だった。
ツォンは前を歩く彼の後姿を仰ぎ見た。ツォン自身も長身な方だったが、
ヴェルドは彼よりも拳一つ分ほど背が高かった。足音もたてずに颯爽と歩く姿はそれだけで
人を惹きつけた。しばらくヴェルドは現場には出ていないと聞いていたが、
少なくとも見たところそれを感じさせるものはない。がっしりとした体躯に隙のない動作は、
現場の第一線で働いているタークスと差異がなく、
少なくとも今のツォンよりは遥かに場慣れしていた。
さすがはタークスを統べる者だった。
実際、彼の体はあと数年で四十をむかえる者とは思えないほど鍛え上げられていることが
スーツの上からでも見て取れた。
「この事件をどう見る?」
振り返ったヴェルドがツォンを見ながら問いかけた。
ツォンは本部で見た事故の報告書を思い出しながら答えた。
「私には‥‥ただの事故のように思えます。
もっとも、偶然にしてはタイミングが良過ぎるとは思いますが」
「不審な点はないと?」
「はい」
「そうか」
言葉少なに打ち切ると、ヴェルドはまた無言に戻って歩き出した。
彼の内心を探ろうとしたが、外見からでは何もわからない。
ヴェルドはおよそ表情を変化させるこということがなかった。
だからといって無表情というわけではない。彼は常に不機嫌そうに見える男だった。
強面の容貌という、ただでさえ渋面に見える造形に加え、固く結んだ口元や、
気難しげに寄せられた眉、半眼に近い目など、
わざと不機嫌に見せているようにしか見えなかった。
いや、たぶんわざとなのだろう。
ヴェルドの人を寄せ付けない態度から、彼の内心を読み取るのは困難だった。
表情を消しているのであれば、ちょっとした動揺もすぐ表層に出てくるので
読み取ることは存外容易だった。だがこれが渋面となるとちょっとやそっとの観察では読みにくい。
おまけに彼には人を威圧するような気配がある。
気の弱い者ならまともに直視することさえ腰が引けてしまって無理だろう。
計算しつくされている、とツォンは思った。ヴェルドの言動には無駄がない。
そうしてみると不思議に思うのが今回の仕事だった。
彼の怜悧な頭脳は今回の報告書にどんな不審を抱いたというのだろう。
|