「悲劇的(上)」本文サンプル






 その日、ミッドガルの場末にある宿で、一人の青年が空を仰いでいた。
 今日上京してきたばかりの彼は、街の灯りで闇が照らされるという都市的な光景を見るのは 初めてだった。それは彼の出身地であるゴンガガの風景とは全く異なるものだった。 ゴンガガでは夜の帳が下りる頃になると、村はすっかり息を潜めており、 深夜には住人が外を出歩くことすら稀だった。
 彼は故郷を厭っていたわけではなかった。むしろ愛していたといってもいい。 だが彼はまだ若く、相応の野心もあった。それは故郷のような平穏で優しく、 単調な世界では決して満足出来る種類のものではなかった。
 ミッドガルを選んだのは、そこに「神羅カンパニー」の本社があったからだ。 彼はどうしても神羅に入社したかった。より正確に言えば神羅の私設兵士である「ソルジャー」に なりたかった。
 神羅へと入社が許される年齢になると同時に、彼は家を出た。 年老いた両親を残していくことは後ろ髪を引かれる思いではあったが、 田舎らしいコミュニティーの強さで大抵のことは何とかなるに違いないと楽観もしていた。
 両親も彼を快く送り出した。彼の人一倍強い、好奇心や功名心が手におえないものだということを 誰より知っていたからだ。
 ザックスというのが彼の名前だった。いずれその名を聞いただけで誰もが憧れる存在になる、 というのが彼の夢だった。そうだ、あの英雄のように、とザックスは宿の窓から見える 神羅ビルを見上げた。
 そこには彼の憧れる英雄がいるはずだった。驚異的な力を持った神羅のソルジャー。 噂では人の限界を遥かに凌駕した力を持っているらしい。
―――― 英雄セフィロス
 その名前が口に出すのも憚られるほど忌まわしいものになるとは、 まだこの時点では誰にも予想し得ないことだった。


 同じ頃、ミッドガルから随分と離れた辺境の村ニブルヘイムで、一人の少年が空を仰いでいた。 彼もまたソルジャーに憧れていたが、まだ十二という若さだったので、神羅への入社は叶わなかった。 彼がミッドガルへ行くには、後二年という月日を待たなければならなかった。
 少年は自室の窓から空を見上げながら、近い将来家を出て行く日のことを考えていた。 それは彼が眠りに付く前に必ず行う日課のようなものだった。
 月が彼を照らし、柔らかな色彩の金髪が薄暗い部屋の中で映えた。 瞳の色は鮮やかなグリーンだったが、生憎それは夜の闇の中では見えない。 だが、その特徴的な大きな瞳がキラキラと未来への希望へ満ち溢れていることは、 どんな薄暗い場所でもわかったことだろう。
「クラウド、まだ起きてるの?」
 ふいに掛けられた声に振り返ると、開けられた扉から母親が覗いていた。
「うん、もう寝るよ、母さん」
 クラウド、と呼ばれた少年は母を安心させるように頷いた。
 母一人、子一人の生活。父親は彼が幼い頃に亡くなっていたので、 二人だけの生活は物心ついた時から当たり前のものだった。彼にとって家族とは 自分と母のみを指すものだったし、永遠にそうであると思っていた。 それを母に言うと「いずれあんたにも可愛い彼女が出来て、あっという間に家族が増えるわよ」 と笑って切り返された。そういうものだろうか、とクラウドは考えたが、 まだ人生経験の浅い少年には想像がつかなかった。
 母子二人だけの生活は決して楽とは言い難かった。手先の器用だった母は洋裁の職を持っていたが、 それでも二人で生活していくにはやっとだった。いつか大金を稼いで母さんに楽をさせてやりたい、 というのがクラウドの夢だった。
 だから彼が初めにソルジャーに憧れたのは、ソルジャーが「神羅カンパニーの私設兵士」 だったからとも言える。その頃の神羅は飛ぶ鳥も落とす勢いで業績を拡大している真っ只中だった。 神羅の社員イコール富裕者という図式が世間に認知されつつあったのも、 あながち神羅の情報操作の結果だけではなかった。
 いつかこの村を出て行く時のことを考えてクラウドは残される母を思った。 女手一つで彼を育てただけあって彼女は勝気で剛毅だったが、 それでも時折隠れた場所で疲れた表情を見せることをクラウドは見逃さなかった。
 ちくりと刺すような痛みが胸に訪れたが、クラウドは気付かない振りをした。
―――― 大丈夫。オレがソルジャーになれば母さんに楽をさせてやれるんだから‥‥
 だからこそ一刻も早くソルジャーになりたかった。 そして毎夜、痛みにも似た焦りに身を焦がしながら月日が経つのを待っているのだった。
 幼く、夢見がちな少年。
 現状に不満を覚えながら早く年月が過ぎるのを待っていた焦燥の日々が、 一番心穏やかに過ごせていた時代だったと気付くのは、まだずっと先の話だった。






 こんなカンジでザックラ展開になっていきますよ。たぶん(←え?)