透明






 色を失くしていく。
 そういう言葉が似合うだろうかとヨリックは思った。 そして、しばらく考えた後で、もっとしっくりくる表現を思いついた。
 透明になっていく。
 彼の、ツォンの存在を表す言葉としては、そっちの方が合うだろう。
 それは、決して軽んじられているという意味ではない。 むしろ、彼の能力的な部分は、ここ数年の間で驚くほど研ぎ澄まされ、洗練されていた。 影響力という点では、神羅の幹部クラスにも匹敵するかもしれない。
 だがその事実に気付いている者は少ない。それが彼の「透明」ということだった。 ツォンは自分が脅威として認識されないよう、細心の注意を払って行動している。 それが彼の存在というものを希薄にさせていた。 タークスとして、その在り様は正しいのだろう。 だが俺には理解出来ないとヨリックは思った。 何事にも派手さを好むヨリックとは真逆の男だ。 最も、ツォンの方も理解されたいとは思ってはいないだろうが。
 紐解かれ、バラバラになったツォンの黒髪を掻き揚げると、彼は億劫そうに瞳を開いた。 髪と同じ黒い瞳が、相変わらずガラスのように無機質な光を湛えている。 多少緑がかって見えるのは、窓から差し込む魔晄のせいだった。 昼夜を問わず稼動している魔晄炉は、 真夜中だというのに室内を薄明るく照らすほど潤沢な光を注いでいる。
「……満足したのか?」
 ツォンの掠れた声にヨリックは肩をすくめて首を振った。
「いや、まだだ」
 ツォンの体を反転させて背を向けさせ、ソファーへと押し付けた。 圧し掛かるようにして上から抑え付け、肩口に噛み付くようにして痕をつけると、 ツォンは小さく呻いた。
「おまえは、本気で泣くとか笑うとか」
 そういうことをしなくなったなと言うと、ツォンは軽くため息をついた。
「あなたにそれを言われるとは」
「俺に?」
 ツォンは感情の欠片も込めずに言った。
「厭世的だ」
 ふむ、とヨリックは体を起こして頷いた。厭世的ね。 心当たりがないわけでもない。癪だが、それは認めてもいいと言って、 再び体を密着させてツォンの腰を抱く。
「……んっ」
「ぞくぞくするな」
 おまえの声はダイレクトに響く。こういう事を楽しむ余裕があっても、 厭世的と言われるのだろうかと、どうでもいいことを思いながら、再び繋げた体を動かすと、 ツォンは歯を食いしばって声を殺した。
「我慢するな」
 耳元で囁き、一際深くまで穿つと、ツォンはぞくりと体を震わせた。
「隠さないでいい」
 理性を手放して喘ぐ姿も、狂ったように相手を求める欲求も、俺には隠さなくていい。
 だが、繰り返し甘言を与え、何度も揺さぶっても、ツォンは強情に堪えたままだった。 本当に頑固な奴だと呆れる。そういうところは昔と変わらないのに。
「……っなた、だって…」
 ソファーに顔を埋めたまま、くぐもった声でツォンが何かを言った。
「何?」
「あ…なた、だって……目を…」
「ああ、コレか」
 答えながら、そういえばまだサングラスはしたままだったと思い出して苦笑する。 確かに隠していると言えるかもしれないなとヨリックは納得した。 指摘されて初めて気付く程、今では自分の体にすっかり馴染んだそれを片手で外すと、 無造作に床の上へと投げ捨てた。
 あらわになった左目に手を置く。その下にある色彩は、右とは明らかに違うものだった。 右目はオレンジの髪より、やや色素の濃い同系色の色で、ヨリック持つ本来の遺伝子に忠実な色だが、 左目は違う。右とは真逆の淡いコバルトの瞳は、そこだけおさまりの悪い違和感があった。
「隠してるわけじゃないが」
 嘘ではなかった。積極的に言わないだけで、オッドアイだということを隠しているわけではない。 ただ、他人にじろじろ見られるのが鬱陶しいから、こうして見せないようにしているだけだ。
 しかし、それは本心だろうかとヨリックは首を捻った。
 派手好きなヨリックは、他人の注目を集める行動を好む方だった。 実際、彼の瞳を見た者は例外なくその対照的な色彩に目を奪われ、しかも口を揃えて綺麗だと言った。 好意的な解釈で気分もいいはずなのに、ヨリックは何故か瞳のことを言われるのを疎んでいた。
「やっぱり、隠してるのかもしれねぇな」
 ツォンが何かを言おうと口を開くより早く、ヨリックは彼の奥深くにまでもぐりこんだ。 突然で堪える間もなかったのか、ツォンは悲鳴のような声を上げて背を反らした。 いい反応だと気を良くしたヨリックは、奥深くから湧き上がってきた欲求に従い、 体を動かし始めた。
「一度出すぜ」
 ツォンは諦めたように頷き、ヨリックの動きに自分を合わせた。
「んっ…はぁ、っ」
 静かな部屋に荒い呼吸と肌の触れ合う音、そして 時折堪えきれずに漏らすツォンの喘ぎがやけに大きく響く。
 流れる黒髪をすくいあげ、首筋に唇を寄せると、 脈打つ血の流れが肌を通して伝わってきた。 表情のない顔ばかり作っていてもやはり人間なのだと、当たり前のことに奇妙に感心する。
 片手でツォンの顔を横向けると、上から覆いかぶさるようにしてキスを落とした。 触れるだけの軽いものを何度も繰り返し、その間にも動きは止めずに彼を追い詰める。
 切羽詰った喘ぎに、限界かと訊くと、ツォンは乱れる呼吸のまま肯定した。
 一瞬、焦らして楽しむのも一興かという嗜虐的な思考が脳裏を過ぎったが、 生憎、自分の方もすでに限界だった。それはまた次の機会にと、いっそう深く突き上げて 声を上げさせ、ヨリックはツォンから少しの間だけ、彼を覆う理性の殻を剥ぎ取った。 ガラスのような瞳が別人のように快楽に溺れ、ヨリックの視線と絡んだ。
 それは体のつながりよりも、よほど艶めいたものかもしれないとヨリックは思った。


 髪を梳いてもツォンはぐったりと横になったまま無抵抗だった。 自分とは違って癖のない髪の手触りは心地よく、ヨリックは飽きることなく繰り返した。
「その目で…」
 ツォンがふいに何かを言った。なんだと聞き返すと、彼は薄く笑って言った。
「その目で見られると感じると言ったんだ」
 へぇ、と思わず声が出る。それはいいことを聞いた。
「虹彩異色症って言うらしいぜ」
 先天性の遺伝的な欠陥だと続けるヨリックの声に、らしくない投げやりな響きを感じたのか、 ツォンは少し意外そうな顔をした。
「綺麗だと思うが」
 思わず口をついて出た言葉だったらしく、 ふと自分のセリフに気付いて忌々しそうな顔をしたツォンに、ヨリックは笑った。
「お褒めにあずかり光栄だ」
 本心だった。何故かいつも人から言われた時のような苛々とした疎ましさはなかった。
「俺が死んだらくれてやるよ」
 色のない透明な男にやれば、少しだけ人間的なものを取り戻せるかもしれない。 だが、ツォンは結構だと冷たく言うと、瞳を閉じて彼の内面からヨリックを閉め出した。
 やれやれ、素直じゃないね。
 ヨリックは再びツォンの髪に手を差し入れて梳いた。 ツォンはもう何の反応も見せなかったが、触れる手を拒むこともしなかった。







 またねつぞうせっていをかんがえてしまいました(レジェの目のとこ……ご、ごめんなさい)
( 2007.06.26 )