作成日 4/28  2019

若林座(昭和13年頃〜昭和34年)・・・「ふる里若林」第127号より

若林座は中根町で製粉業を営んでいた中野登一氏が、昭和の初め頃若林東町で創業した劇場です。劇場の広さは1階24畳、2階は12畳くらいあり、歌舞伎や芝居、浪曲、舞踊、漫才、落語、講談、映画(活動)など幅広い演芸が週末に上演されたそうです。映画はよく行われていた興行ですが、昭和16年までは無声映画に弁士がついたものだったと思われます。
当時は娯楽も少なくこの辺では、知立劇場と挙母劇場だけで若林劇場の人気は凄く、定員は約110人くらいで休日ともなると上郷、堤、吉原の村から大勢の人が押しかけ大変な混雑ぶりだったという。しかし、昭和30年頃からテレビの普及による映画人気の凋落とともに劇場の人気が下火となり伊勢湾台風の被害を受けたこともあって閉鎖されました。
現在はアパートとなって当時を偲ばせるものはどこにもありません。しかし、最近発見された資料を見ると舞台の引き幕には、今も商いをしている商店の名前が鮮やかに描かれており、見た人達をタイムスリップした気分にさせてくれます。


劇場正面     旗     引き幕     背景幕     ポスター

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若林座があった頃の地図 ・・・「若林座があったころ」実行委員会資料より(19/4)

「若林座があったころ」実行委員会(都築敏也委員長)発行の資料「若林座があったころ」の中に、昭和30年ごろを想定した地図が記載されており抜粋させて頂いた。

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