登山データ
長野県茅野市、南牧村
硫黄岳=2760m、横岳=2829m、赤岳=2899m
2005.8.27(土)曇り
歩行時間=9時間40分
美濃戸山荘(5:05)−赤岳鉱泉(7:10−25)−赤岩の頭(9:10)−硫黄岳山頂(9:35−45)−横岳山頂(10:40−10:45)−赤岳天望荘(11:45)−赤岳山頂(12:30−55)−行者小屋(14:00)−美濃戸山荘(15:40)

登山紀行
 夏の思い出に、今まで行きたくても不思議に縁のなかった八ヶ岳に登ってきた。新田次郎の小説の舞台によくなっているし、深田久弥も「2800mという標高は、富士山と日本アルプス以外には、ここにしかない。(中略)この高さが裸の岩稜地帯を生んで、高山植物の宝庫を作っている」と讃えている。
 前夜、赤岳山荘まで車で入り、駐車場で車中泊。朝5時出発。すぐ上の美濃戸山荘から北沢と南沢に別れるが、北沢に道をとり赤岳鉱泉をめざす(南沢は行者小屋への道)。沢を右に左にと渡渉し、さわやかな風を感じ、夏の暑さを忘れさせてくれた。2時間あまりで赤岳鉱泉に到着。ここで朝食のパンをかじる。
 下を向いてとぼとぼと登り始めると、目の前になにやら黒い影を感じた。「うわ、熊だ」と思ってよく見ると、完全な四つ足で、鼻がとがり、牙が生えている。「や、猪か、どっちにしても危ない」と身構え、さらに目を凝らすと、カモシカが悠然と草を食べていた。ほっとしたが、このカモシカ、近づいても逃げる気配もなかった。こんなに警戒心がなくて、今まで無事に生きているのが不思議である。ここから赤岩の頭までの2時間弱がかなりの急登でつらかった。直前を歩いている人が「槍ヶ岳よりきつい」と言っていた。かなりオーバーだし、歩行時間が全然違うが、それほどつらい坂だったと共感した。赤岩の頭から硫黄岳山頂はすぐである。
 広々とした山頂部は晴れていれば、すばらしい絶景であると思われるが、あいにくこの日は、晴れの予報にかかわらず、山頂部にずっと雲がかかっていた。写真を撮って横岳に向かう。七つの大きなケルンが行く道を教えてくれた。ガスで視界が開けないと、草も木もないこの広い山頂部では道に迷ってしまうが、ありがたい配慮である。ここから横岳までの登山道の両側は高山植物保護のため、ずっとロープが張ってあった。たくさんのコマクサを初めとする高山植物の花に囲まれうっとりして歩いていると、横岳の下からは急峻な岩稜帯になった。何本ものくさり場を登り、トラバースしていると突如、横岳山頂(奥の院)についた。硫黄岳とは対照的に本当に狭い、岩のてっぺんである。
 ここからは両側の切れ立った細い稜線をアルプス気分で冷や冷や進む。すると眼前に大きな山小屋「赤岳天望荘」とその向こうに赤岳をすっぽりと包む雲塊が見えた。いよいよ、本日のメイン、赤岳に登る。天気も悪いし、疲れもピークを過ぎているので、何度か途中で下山しようと思ったが、ここまで来たらもうやめられない。赤岳天望荘からは岩場ではないが、かなりの急登であえぎあえぎ、休み休み頂上をめざした。転がっている石や土はなぜか赤く、赤岳の名前の由来を感じさせた。硫黄岳には溶岩のかけらがたくさん転がっていたが、もともと八ヶ岳が一つの大きな火山で爆裂したためにたくさんのピークができたという説もうなづける。
 頂上には、立派な祠があり、元々、信仰の山であったことを感じさせてくれた。雲がなければ360°の大展望が楽しめそうであったが、雲の中でほとんど何も見えず、本当に残念であった。昼食をすませて下山は登りの反対側を行く。急なくさり場の連続で、さっき登ってきた道と対照的で驚いた。山頂部を降りると、突如雲が払われ、山頂部の巨大な岩塊を見上げることができた。今日一番の絶景であった。西側にある阿弥陀岳はきれいな三角錐をしていて、登山者も見えた。それを左手に行者小屋をめざして随分な急坂を下る。下が砂利状になっていて、ずるずる滑ってなんどか転びそうになった。下るのも大変であるが、登るのはもっと大変であろう。
 行者小屋で一休みし、美濃戸山荘に向かう。なだらかな下りであるが、この2時間がやたら長く感じた。下山途中にどこかにぶつけたのか、時計が壊れてしまい、時間がわからなくなったので、余計に長く感じてしまったが、ちょうど予定どおりの時間に下山することができた。
 肉体的にはつらかったが、日帰りで三つのピークを縦走でき、くさり場やはしごが随所にあり、アルペン気分を味わうことができるすばらしい山であった。今度は是非、天気のいいときに来て、360°の大展望を楽しみたい。
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硫黄岳山頂 横岳山頂 赤岳山頂
山頂直下から赤岳 三角錐の阿弥陀岳 硫黄岳(左)横岳(右)

101硫黄岳(いおうだけ)
102横岳 
(よこだけ)
103赤岳 
(あかだけ)