桜井城
さくらいじょう

■所在地:安城市桜井町 ■立地:台地端 ■別称:― ■築城年:― 
■築城者:
松平氏 ■遺構等:土塁・曲輪・碑・看板

城址の公園 土塁上の城址碑

■歴史
 15世紀後期に松平家3代信光が岩津から進出してきてこの地を領有した。4代親忠は四男親房を城主としたが子がいなかったため、松平家5代長親の三男信定が養子となり桜井松平家の始祖となった。
 その後、3代にわたり松平宗家との主権争いを繰り広げたが、4代忠正の代からは忠実な家臣となった。

6代家広の代に家康の関東移封に従い、桜井城は廃城となった。
●現状(1998年11月)

 安城市桜井町の城山保育園の北にある公園が城址である。土塁の一部が残っていて、城址の碑が立っている。
 公園周囲の歩道も堀跡を利用してつくられたような感じがする。公園の敷地も、ある程度は曲輪の形状を残していると思われる。見たところ、城の面積はかなり広そうである。公園の隣には桜井松平家の墓所がある。

◆場所

 名鉄西尾線の碧海桜井駅のすぐ東、県道44号の「桜井駅東」交差点から北へ500メートルほど進むと、道路沿い西側に公園がある。その公園が城址である。