真弓山城
まゆみやまじょう

■所在地:豊田市足助町 ■立地:山頂 ■別称:足助城、松山城 ■築城年:戦国初期
■築城者:
足助氏、鈴木氏 ■遺構等:曲輪、堀切、井戸、復元櫓等

主郭に復元された高櫓 主郭遠景
復元された物見櫓 復元された物見櫓
復元された台所 復元された物見櫓
切岸 真弓山城から眺めた飯盛山城

真弓山城縄張図

■歴史
 もともとは、足助氏の足助七城の一つであったが、後に鈴木氏の居城となった。
 1525年には岡崎の松平清康の攻撃を受け、1554年からは今川氏に降り、1560年からは再び松平元康の攻撃を受け、1564年についに松平家に降った。1571年に武田信玄が三河へ侵攻した際に城を明渡したが、1573年に家康の長男信康が城を奪還し、再び鈴木氏に守らせた。
 その後鈴木氏は家康に従い各地で戦功を挙げ、家康の関東移封に従ったので真弓山城は廃城になった。

●現状(2008年11月)

 香嵐渓の北東に位置し、足助町では「足助城」として観光の目玉となっており案内看板もある。山頂まで道路が走り、駐車場もある。入城料は300円で案内パンフレットももらえる。城址は非常に良く整備されており、櫓や台所、柵、本丸高櫓などが発掘調査をもとに当時の工法で復元されている。ちょうど、ボランティアかバイトなのかわからないが、おじいさんが城の説明をしており、「発掘された柱の穴の数や配置から、2階建てということがわかりました。」「瓦が発掘されなかったので、屋根は板葺きか萱葺きということがわかりました。」などと話してみえたので、参考になった。ちなみに現在の姿は、足助氏ではなく、鈴木氏の時代のものである。
 まさに山城博物館ともいうべき足助城は、樹木に覆われた山城しか見たことのない人にとっては、一見の価値がある。香嵐渓に紅葉を見に行ったついでに、是非、寄ってみてほしい。


◆行き方

 豊田市中心部から国道153号を長野県方面へ向かい、香嵐渓に至る。「香嵐渓」の信号を越えるとすぐに国道420号と分岐するので、右の国道420号へ入る。200メートルほどで左手に足助中学校があり、足助中学校を越えたらすぐに左折する。あとはひたすら山頂に向かって行けばよい(途中、左折があるが、案内が出ている)。