明知城
みょうちじょう

■所在地:三好町大字明知字下屋敷 ■立地:平地 ■別称:■築城年:
■築城者:
原田親種 ■遺構等:堀、土塁

堀跡を利用して作られたと思われる水路
左側が城址で、若干、高く盛られている

■歴史
 原田親種は初め筑前(福岡県)の大友氏に仕えていたが、主家衰退の後、流浪してこの地にいたり、松平清康(徳川家康の祖父)に仕えた。その子重種は清康の子広忠に仕え、重種の子道種は広忠の子家康に仕えた。道種の子種正も幼少のころから家康に仕え、小田原・長久手・関ヶ原などで戦功をあげている。

●現状(2000年5月)

 現在、私の元上司である原田氏宅が城址である。敷地は周囲より高くなっており、土塁の跡らしき盛り上がった部分もある。南にある用水路も、位置的にはかつての堀であったかもしれない。
個人宅である城址の整備・保存はどこでも難しいと思うが、できれば末永く残してもらいたいと思う。


◆場所
三好町大字明知の明知下公民館の西に駐在所があり、その前の交差点をさらに西へ進むとT字路になっている。右折すると左前方に見える屋敷が城址である。