西阿知和城
にしあちわじょう

■所在地:岡崎市西阿知和町字屋下 ■立地:丘陵上 ■別称:■築城年:
■築城者:
松平信季 ■遺構等:、曲輪、看板

城址遠景(現:大照院) 境内に残る土塁らしきもの

■歴史
 松平氏三代の信光が岩津城主となった時、弟の信季が阿知和城主となり、後に阿知和氏を名乗り代々居城した。
 1506年に伊勢新九郎長氏(北条早雲)率いる今川軍の岩津城攻めで兵火を被った。

●現状(1999年11月)

 現在、西阿知和町にある大照院が城址である。寺の入り口に西阿知和城の説明看板が立っている。 寺の位置は小高くなっており、主郭部分に寺が建っている。周囲には、土塁らしいものがわずかにのこっている。
 県の城館調査報告書によると、城址は大照院の北側の宅地と畑地のあたりで、確かに航空写真を見ると城館推定地の周囲の田畑の区割りが堀跡を連想させる形をしている。こちらが居館で大照院が詰め城の跡ということか。


◆場所

 岡崎市西阿知和町の大照院と、その北の集落一帯が城址である。