大野田城
おおのだじょう

■所在地:新城市野田幹徳24  ■立地:丘陵 ■別称:中市場城、浄古斉砦  ■築城年:
■築城者:
城所藤五郎、菅沼定盈 ■遺構等:曲輪、堀、土塁、説明板

城址と説明板 土塁と堀
■歴史
野田城主・菅沼定盈は今川氏についていたが、1560年に桶狭間で今川義元が討ち死にすると今川氏から離れた。そのため、1561年に今川氏に攻められて野田城を開城し、定盈は大野田城へ移った。
翌1562年には夜襲で野田城を奪還したが、城の損傷が激しく、大野田城を仮本拠として野田城の修復を行った。
1571年、武田氏の三河侵攻のさいに、武田家臣の山県昌景、小笠原信嶺らに攻められ大野田城は炎上。定盈は修復中の野田城を再び本拠とした。

●現状(2011年5月)

かねてより計画していた新城方面の城めぐりでしたが、あいにくの天気。この大野田城に着いた頃は激しい雨となり、しばらく車の中で待機していました。
いつまで経っても止む気配がないので、小雨になった隙に傘をさして城に入りました。たまたま車の中に長靴があって助かりました。
城内は雑木が多いですが、遺構は確認できます。かなり低くなっていますが土塁が残っていますし、周囲の堀も残っています。ただし、全体的にはかなり風化が進んでいて遺構が明確ではありません。


◆場所