てらべじょう |
■所在地:豊田市寺部町1 ■立地:台地端 ■別称:− ■築城年:−
■築城者:鈴木重時 ■遺構等:曲輪、土塁、碑、看板 |
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城址碑 |
主郭。礎石は明治期のもの |
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■歴史 |
15世紀後半にこの地方で勢力を伸ばした鈴木氏はこの城を本拠にして岡崎の松平氏との攻防を繰り返した。やがて今川義元の勢力が西三河に及んでくると今川氏に従ったが、後に織田信長に付いた。このため、1558年に義元は、松平元康(徳川家康)に攻めさせ、これが家康の初陣となった。
1560年の桶狭間の合戦で義元が討ち死にすると、信長と家康は同盟を結んだが、鈴木重教は今川氏に通じたため、1566年、織田の臣佐久間信盛に攻められ落城した。
その後、徳川家康よりこの地に派遣された渡辺守綱が入城し、明治期まで渡辺氏の居城となった。 |
●現状(1998年9月) |
城址入口には説明看板があり、内部は城館跡とその周囲の土塁が残っている。豊田市教育委員会の設置した城の説明書きによれば、幅5m、高さ2mという大土塁が残っているはずだが木が茂っていて確認できなかった。
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◆場所 |

豊田市街地の東、矢作川の東側堤防沿いにある守綱神社の北側に城址はある。 |
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