大野城
おおのじょう

■所在地:常滑市金山城山 ■立地:丘陵端 ■別称:宮山城 ■築城年:
■築城者:
■遺構等:曲輪、堀、碑、模擬櫓

櫓風展望台 城址碑
空堀跡 大草城から見た大野城

■歴史
 築城年代、築城者は不明だが、当初は大野氏や一色氏が居城した。後に佐治宗貞が三万石を領して城主となった。以来、為貞・信方・信吉と四代まで続いた。三代信方は織田信長のもとで活躍した。信長の死後は秀吉にはつかず、小牧・長久手の合戦では徳川家康についたために、後に秀吉に滅ぼされたといわれている。
 佐治氏の後は、信長の弟である織田長益が城主となったが、長益が大草城を築いて移ったので廃城となった。

●現状(2000年5月)

 知多半島の国道155線を南下して常滑市に入るとすぐに、左手の小高い丘の上に大野城の模擬天守が見えてくる。遠くから見るのとは違って実際はかなり勾配のきつい登城路を登って行くと、模擬櫓のある主郭にでる。主郭の南側に櫓台があり、佐治神社が建っている。主郭の西側から南側にかけて堀の跡が良くわかる。
 模擬櫓は単なる櫓風の展望台で、城址なので単に櫓の形の展望台を建てただけで模擬櫓という程のものでもないが、最上階からの伊勢湾の眺めは絶景である。展望台から城の周囲を見まわすと、なんとなく城の全体像が浮かんでくる程、付近の地形が状態良く残っている。この時代の城としては、結構規模が大きいのではないかと思う。


◆場所