二条城
にじょうじょう

■所在地:京都府京都市中京区二条城町 ■立地:平地 ■別称: ■築城年:1603年
■築城者:
徳川家康 ■遺構等:本丸、二の丸、石垣、堀、二の丸御殿、隅櫓、門、土蔵、二の丸庭園

国宝の二の丸御殿
二の丸の唐門 二の丸庭園
二の丸と本丸を結ぶ橋廊下と本丸東櫓門 本丸に移築された京都御所の旧桂宮邸
本丸内側から見た天守台 本丸西の虎口
城内に3つ残る土蔵の一つ 二の丸南西の桃山門(奥が鳴子門)
東大手門 北大手門
東南隅櫓 西南隅櫓
■歴史
 1603年に徳川家康が京都御所の守護と将軍上洛の際の宿舎として築いた。1603年に朝廷の勅使を迎え入れて征夷大将軍の宣下を受け、徳川政権が誕生した。
 三代将軍の家光は城を拡張して伏見城から移築したといわれる天守を築き、現在の縄張りとなった。天守は1750年に落雷で焼失して以来、築かれていない。
 1867年、15代将軍の慶喜が二条城で大政奉還を行い、二条城は朝廷のものとなり、その後1884年に離宮となり、1939年に京都市に下賜された。

●現状(2006年10月)

 先回、京都へ行ったのは10年ほど前。その時二条城は休館日だったので、今回は小学校の修学旅行以来の二条城である。しかも修学旅行では二の丸御殿に入っただけで本丸は見ていない。
 久しぶりの二条城はやはり素晴らしく、唐門を抜けると目の前に圧倒的な存在感を見せてくれる二の丸御殿は、巨大天守閣を眺めるような気分になれる。内部の襖絵なども、当然小学生の頃よりは注意深く見ることができ、改めてその素晴らしさに驚嘆せずにはいられない。
 初めて見る二の丸庭園や本丸も素晴らしいし、天守台も思っていたよりも巨大で高かった。残念だったのは、二条城の写真でお馴染みの、堀越しの天守台の写真を撮りたかったが、堀沿いの園路が封鎖されていたために木々の間からしか見ることができなかったことである。
 もう一つ残念だったのは、織田信長が築城した旧二条城の発掘された石垣が城内に移設されているのを知らなかったことである。実は歩いている時に目にしていたのだが、その石積みがそれとは知らずに、修復用の石などが置いてあるのかと思って無視してしまった。帰ってから二条城のホームページを見て知ったときはショックであった。京都御苑に旧二条城の石垣があるのは知っていたのでそちらを見る予定をしていたが、時間の都合で断念した経緯があるのでなおさらである。


◆場所