デリー / パヤール / リベート / ボキボキ / 旅の達人 / マクドナルド
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  デリーはもちろんインドの首都で、オールドデリー(旧市街)とニューデリー(新市街)に分かれている。聞いた話ではオールドデリーのスラムは凄いそうだ。なんて言ったらいいのか・・、とにかく凄いそうだ。左写真の中央の乗り物が「サイクルリクシャーです。」

 僕がデリーに到着したのは、朝の6時半。なぜか到着は時刻表通りピッタリ定刻に到着した。ちなみにこれはインドの列車の切符。電車でお世話になったフランス人カップルにお世話になりついでにメインバザールの入り口まで案内してもらった。寝不足で疲れた体に鞭打ちながら青白い顔をして、テクテク歩く。目指すはホテル「パヤール」。

 このとき僕は 「見てはいけないもの」を見てしまった。これを見た僕は余計に体が重くなり、**は一生やらないと心に固く誓った。メインバザールを歩いている途中、道端で寝ているインド人が、僕の目の前でいきなり頭をアスファルトに叩きつけた。

 「ゴツッ」鈍い音だった。しかし、音は大きく、よく聞こえた。見るとアスファルトに頭を叩きつけた彼は背中をくねらせながら、両手で首をおさえている。苦しそうに、もがいている。隣で一緒にいたインド人があせって声を掛け、彼の肩をゆする。ただごとじゃない。口から白い物が出てる。泡をふいているんだ。そして彼は、いっそうもがく。

  僕には何も出来ない。苦しむ彼を見ながらゆっくり前を通り過ぎる。そして、何度か振り返るだけ。辛い瞬間だ。今でも彼の苦しむ姿が忘れられない。きっと麻薬中毒だろう。彼は若かった。デリー初日の朝っぱらから、インドの現実を見たようで恐くなった。


  ホテル「パヤール」・・・このホテルはバラナシで泊まっているときに、日本人から「よかったよ」と言われて行くことに決めた。場所は非常にわかり易く、部屋もけっこう綺麗だった。初めはドミトリーに泊まりたいって言ったんだけど、「今は満室。」と言われて150Rsの狭い部屋に決めた。

 ところが、なんか居心地が悪い。別に部屋がどうってわけじゃないけど、なんか落ち着かない部屋なんだよねー。まだ朝の7時だし、しばらく休憩して飯でも食いに行こうと決めた。ベットに横になりながら本を読むと、すぐに眠ることが出来た。

 起きると昼の12時。腹も減ったし、喉も渇いた。そこらで、水買って飯でも食って、ブラブラしますかー。そんでホテルを出て目の前にあるレストランに入って、飯を食う。ウェイターが下手な日本語で、ひたすら「めちゃめちゃちゃうめー、めちゃめちゃうめー」と連呼する。かなりうっとおしかった。そんな中での食事は当然あんまりおいしくなかった。水を買ってとりあえずホテルに戻ることに。

 フロントのカウンターに居るおじさんに、「部屋変えて」と頼むと、「ドミトリーは満室だ」と言う。「じゃ、別の部屋を見ていい?」って聞くと、「OK」の返事。早速、空いてる部屋を見て回る。目に止まったのは、一番広くて高そうな部屋。今の部屋の倍以上はある。なんとホットシャワーも完備!!いままでシャワーは全部水だったので、迷わずおじさんに「104号室は幾ら?」って聞いた。「220Rsだ(約550円)」。

 もう二日後には日本に帰るんだし、金は十分余ってる。値切る気力も無い。で、即決。早速、荷物の移動。そうして、ようやく心地よく眠れる部屋をゲットした。ちなみにベランダまで付いている。

 写真の二人のインド人は、ホテルの従業員。左のおじさん?は日本語を勉強したいらしく、英語の単語が書いてある紙を持って、「英単語の横に日本語の発音をローマ字で書いてくれ。」と頼んできたので、快く教えてあげました。その後、彼は僕のことを「テェーチャー(先生)」と呼ぶようになりました。うぅ〜ん、いい響き。


 リベート・・・デリーのリクシャーはたちが悪い。だって目的地に連れて行ってくれない。大きなリュック(まだホテルを決めていないと解る)を持っている人には「インチキ観光局」へ。持ってない人には「ショップ」へ。100%そうじゃないけど、そういうことが多いそうだ。

 ところで、なぜ彼らは旅行会社や、店に連れて行くのか。そんな疑問に答えてくれた日本人がいた。 彼によると、連れて行った客が「買う、買わない」に関係なく、連れて行っただけで30Rsもらえるんだそうだ。ただし、「買わなくてもいいが、客が10分程度は店を見る必要がある」とのこと。

 この疑問に答えてくれた彼は、こうも言っていた。客待ちをしているリクシャーワーラーに「コンノートプレイスまで幾ら?」と聞くと、「5Rsだ。」と言った。これはどう考えても安すぎる。この時点で「ショップ」に連れて行かれるとわかる。
だが、これを利用する。「よし、店に一件行くと30Rsもらえるんだろう?だったら、2件付き合うからコンノートプレイスの向こう側まで連れて行け。」・・・・。これで交渉成立。ただし、店一軒につき、最低10分は店内にいて、買うそぶりを見せる。自分は5Rs払って、リクシャーワーラーには、あわせて65Rs入るわけだ。

  なんて人だ・・・。あんた一体誰なんだ!!と叫びたくなるくらい彼はインド人と化していた・・・。バラナシでもリベートは存在する。代表的なのがホテルを案内する人だ。

 バラナシという町はとにかく道がわかり辛い。そこで彼らは行きたいホテルを聞き、「おぉ〜そこは僕のお兄さんが働いてるねー」とか言って案内する。もちろん嘘。ちゃんとホテルを案内するやつがほとんどだとは思うが、中には全く違うホテルに案内するヤローもいる。

 で、僕らを案内して、親切に部屋の値段まで交渉してくれる。が、ここで忘れてはならないのは、彼らは決して「善意でやっているんじゃない」ということ。もちろん部屋の値段は割増になり、案内してくれた彼にはその分のリベートが入る。道がわかり辛いからしょうがないかもしれないけど・・・。

 で、僕の場合はこんな事がありました。バラナシで一週間プージャに泊まった後、政府のツーリストバンガローに泊まった。で、次の日に一人でまたプージャに戻る途中。大きなバックパックを担いでプージャを目指し、大通りから路地に入った所で、インド人に声をかけられた。「ドコニトマリマスカ?」道も知ってるし、余裕もあった僕は迷わず「プージャ」と言ってしまった。

  彼は「オーナー僕のブラザーネ!!」とか言って、案内しようとする。が、道はハッキリ覚えているので、案内なんて全く必要ない。しかも彼にリベートが渡り、料金が上がると思うと、ここは是が非でも追い払いたかった。そこで、僕は何度も彼の腕をつかみ、「知ってる!!道は知ってる!!だから付いてこないで。」と何度も言うが全く効果なし。

 ようやく彼が解ってくれたと思って、歩き出すと前の方で僕を見て、間隔を取りながら前を歩く。僕が立ち止まると、彼も止まる。きぃ〜〜〜〜〜!!うっとーしー!!結局プージャまで付いてきてしまった。

 さっそくフロントのインド人(顔見知り)に、僕は同じ部屋に同じ値段で泊めてくれと言うと、あっさり「OK〜」の返事。案内人はあっとゆう間に交渉が成立したことに唖然。その後、案内人はなにやらフロントに交渉してるようだが、フロントのインド人は首を横に振る。そして彼はガッカリして帰ってゆく・・・。 ザマーミロ!!


 ボキボキ・・・左の写真は、デリーのメインバザールの写真です。デリーに着いた初日、ホテルで出会った日本人と一緒に夕食を食べに行くことにした。彼はたしか22歳くらいだったと思う。ついでに彼の買い物にも付き合った。どうやらバイト先のお土産を買うらしい。彼が何を買ったかというと、「ガネーシャ」の置物。

 ガネーシャはヒンドゥー教の神の一つで、顔が象みたいになっている。この神様は、商売の神と言われてます。日本でいうなら「稲荷」って感じでしょうか。まぁ〜日本の場合はキツネだけどね。どこの国にもありそうな感じですが・・・・。

 それはそうとして、買い物に付き合った後、レストランに行きました。このレストランはインドでは中級レストランで、なかなか綺麗なレストランでした。

 店に入って、席につき、早速メニューとにらめっこ。うぅ〜ん・・・何にしようかなー。きーめた!!ベジフライドライス!!ベジはベジタブルのこと。フライドライスは焼き飯のこと。いわゆる野菜チャーハンですな。彼はターリーを注文して、食事が運ばれてくるのを、しばし待つ。客には白人や、リッチそうなインド人ファミリー。

 インド人ファミリーがなにやら店員と楽しそうに話している。ヒンドゥー語なのでなに言ってるかサッパリ解らないけど、なぜか会話の途中に「アッチャー」という言葉を発する。これは日本語で会話を促す言葉らしい。例えば「うんうん、それで?」みたいな感じだと思う。

  と、インド人ファミリーのお父さんらしき人が立ち上がって、両手を組み、組んだまま手を首のところに持って行く。組んだ手のところが、ちょうど首筋のあたりにくる。そんでもってウェイターが後ろからお父さんのひじを持って、お父さんを持ち上げる。みなさん、どんな状況か理解できました?日本でもやりますよね〜。そう「ボキボキ」鳴るじゃないですか〜。

  インド人ファミリーのお父さんは一瞬「ウッ」って声を出して、すぐにウェイターは彼を降ろす。そんでもって、インド人達は満足そうに会話を進める。これは僕もやってもらうしかない!!そんな衝動にかられた瞬間、僕はすでに席から立ち上がっていた。

 ウェイターをつかまえて、僕はさっきインド人ファミリーのお父さんがしたポーズをする。ウェイターは「ニヤリ」。おまえもか?みたいな不敵な笑みを浮かべて僕の背後に回る。そして僕を持ち上げる。

 「ウンガッ」でかい声でうなってしまった。ついでに「ボキボキボキッ」って背骨が悲鳴をあげる。ウェイターは僕を降ろす。そして、ウェイターとなぜかガッチリ握手。まるで「お前もこれで一皮むけたな」みたいな雰囲気で視線が合う。「ニヤリ」・・・。


 旅の達人・・・インドを旅行していると、色んな人に出会う。インドを旅していて実際に出会った人たちの国籍を挙げてみる。まず、日本人、韓国人。この手の顔は大抵日本人で、まれに韓国人って感じです。イスラエル人、ハンガリー人、フランス人、イギリス人(イングランド)、イタリア人てな感じ。僕の場合アメリカ人とは話すことがありませんでした。

  まず、一番話す機会の多い日本人から。一番印象に残っているのは、船で大阪港から上海に入り、シルクロードを通って、南下する。チベットを抜けてネパール、インド。これからパキスタン、中東を通ってトルコへ。その後ヨーロッパを抜けてイギリスから飛行機で帰るなんて人がいました。

 彼いわく、「中華料理は日本のが一番、カレーも日本のカレーが一番」と言っていました。「寿司くいてー」とも言ってました。でも、「中国で食べる中華料理もナカナカ美味かった。」とも言ってました。

 次は、イタリア人。彼は自分のバイク(日本製)で、イタリアからインドまで来たそうです。日本製のバイクは壊れないから良いと言ってました。彼から聞いた話なんですが、日本人で東南アジアから徒歩でインドまで来た奴がいるって言ってました。ついでにイタリア人は徒歩で来た日本人を「クレイジー」と言ってました。同感。

 レストランで隣に座ったイギリス人の中年夫婦の場合。ぼくに「インドは何回目?」って聞くから「ファーストタイム」って答えた。「じゃあなたは何回目?」って聞くと「約20回目だ」と言ってた。その脇で奥さんがうんざりした表情をしたのが印象的だった。

 これぞ達人って感じの日本人の場合。ホテルのドミトリーに行くと、日本人二人が黒い物体を小さくちぎっていた。これは何かの樹脂なんだけど、何かは言わないでおく。彼らはヒマラヤまで行って、その草が生えている所で、自分で樹脂を作ってきたらしい。そして、ベットの上で美味そうに吸っている。さらに彼らは口をそろえて「そこらのもんとは純度が違う」と豪語したのが印象的だった。

 ちなみにバラナシで民族楽器のコンサートに行ったとき、韓国人の女の子達が演奏中にベラベラしゃべっていた。インド人に注意されても全く効果なし。まるで日本のオバタリアンみたいだった。彼女達は、なぜかインドでピチTを着ていたのが印象的だった。

 それから笑えたのが、日本人で体調を崩して入院したって言ってた人。カルカッタの大病院で入院して2日間でよくなったのに、あまりの心地よさに結局、1週間入院してたらしい。3
食飯付き、介護付き。病院は清潔で飯も美味い。お金は保険に入っているから問題なし。「いままでインドを旅してきて、一番いいホテルだった。」と言ってのけたのが印象的だった。

 まるで変な日本人のオンパレードになってしまったが、大抵の人はみんな感じのいい人なので勘違いしないでね。


 マクドナルド・・・ マックのメニューです。ただし重いので気をつけて。皆さんご存知のマクドナルドがデリーにもあります。場所はコンノートプレイスの西側。パヤールから歩いて20分くらいでしょうか。パヤールで知り合ったYさんと行きました。コンノートプレイスに行く途中、何人ものインド人が僕らに向かって「クローズ!!」と言ってましたが、絶対嘘だと思って無視してたら、本当に何処のお店も閉まってました。インドの祝日らしいです。たまには本当のこと言うのね。

 マクドナルド以外にも用事があったんですが、どこのお店もクローズで、開いていたのはマクドナルドだけでした。で、早速なつかしい味を楽しむためにマクドナルドにGO!!

 マクドに入って、まず思ったのは、「どこのマクドも同じ」ってこと。久しぶりだからちょっと感動したけど・・・。まぁ〜ビックマックがマハラジャマックになってたり、マックフライポテトの呼び方が、フレンチフライポテトって言うことぐらい。Yさんは、相手がチンプンカンプンでも、ガンガン日本語でアタックする人で、それでもって通じてしまうという、妙な特技の持ち主でした。

 結局注文したのは、フィレオフィッシュセット。フィレオフィッシュハンバーグと、ポテト、ソフトドリンクという日本と全く同じ構成。味も同じ。ちょっとくらいインドテイストなのかと思ったけど、全く同じでした。

 店内のクーラーが異常に効きすぎていて、寒くてたまりませんでした。あと、牛肉を使っているかは不明。値段はフィレオフィッシュセットが89Rsでした。バラナシの宿が一泊80Rsだったことを思うと、かなり高いですよね。値段が高いだけあって、インド人の客は身なりのいい中流階級風の人たちでした。さらに入り口にはガードマンがいて、ドアマンの役目もしていました。おそるべしインドマック!!




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