人類が、その生活の場に宇宙(そら)を選択して幾年月隔てたことであろう。

 止まることがなく増加し続ける人口。
 深刻化してきている食糧不足。
 そして―――

 決して終わることが無い争い―――戦争の影。






  ―――☆☆☆―――

「アキトぉ。絶対!ぜぇったい!!ずぇぇーーったぁぁぁぁぁ……いっ!ユリカの事を忘れないでね」

 火星―――
 人類が宇宙(そら)へと生活圏を伸ばしても、所詮は地の民といった所であろうか。
 一時は旧世代にて考え出されてきた計画通りに、ラグランジュポイントにコロニーを建設して移住する計画が本格化されたが、
 しかし、人々は地に足を付けて生きる事を自ずと選択したのである。
 惑星改造(テラフォーミング)を持ってしてまでそこに生活の場を求めた事が、その証拠とでも言わんばかりに。
 それが、今日の火星である。

 既に本格的に入植が始まってから1世紀になろうとしていた。

「あー、うん………」

 火星の民が、入植者としてフロンティア精神に溢れていたのは既に昔の事となり、
 皆がここを『故郷(ふるさと)』と誇りに思っているであろう頃、この物語は静かに、そして劇的に幕を開けたのである。

「これユリカ。別れを惜しむのも判るが、フライト時間だぞ」

 火星圏最大のコロニーを名乗って恥じない―――ユートピア・コロニー。
 その郊外にあるユートピア第2宇宙港。
 そこで二組の親子が別れを惜しんでいたのだが、如何せん、既にフライト時間間際。
 その大きな瞳に文字通り目一杯涙を溜めている少女、の父親は、娘を想うと少々不憫に思いながらも、しかし、迫る時間に気が気でないのも事実であった。
 だが少女は―――ユリカは、その蒼黯い綺麗な長い髪を左右に揺らしながら「アキト。アキト!」と必死な抵抗を試みていたのであった。
 ユリカにしてみれば、フライト時刻は関係ないのである。―――つか、あるわけがナッシングである。
 いや、むしろ少年―――アキトと呼ぶらしい―――と分かつ無情なる時間(とき)。
 ついには、アキトの腕を取り、いやいやと抵抗し始める始末であった。

「ユリカ、やっぱりアキトと離れたくない。ここにいるぅっ」

 必死に涙を堪えて、嗚咽を洩らすことなくはっきりとした口調で宣言。
 まだ10歳ほどの少女なのに、ある意味、すごくしっかりした娘である。
 その意中の少年―――アキトも、つい先日までユリカの事を邪険、というか厚かましく五月蠅いので少々うんざりしていたのだが、
 今日に限っていえば、しんみり―――別れは、やはり辛いようである。
 このようなやり取りの中、ユリカの父親は娘可愛さゆえに強く出れず、
 かといって、先ほどのアナウンスで知った搭乗ゲートの閉め切りは間近―――否、厳密にはちょっぴり過ぎているのだが―――に複雑な表情。
 アキトの両親に半ば以上に泣きつくような視線を送るのでした。
 が、親同士でも付き合いの深いこの両家。
 アキトの父親はやれやれといった顔つきで、母親はクスッと微笑を洩らして、

「ほら、ユリカちゃん涙を拭いて……」

 ユリカと視線を合わせるように腰を屈めると、懐からハンカチを取り出してそっと拭うのでした。

「ユリカちゃん、良く聞いてね。今は、うん、ほんのちょっとだけお別れだけど、
 おばさん達の仕事が一段落付けばアキトと一緒に地球(そちら)に行くから、少しだけ待っててくれないかな?」

 柔らかな笑み。
 そっと髪を梳くように撫で付けながら、笑みを浮かべているだけ。
 ですが、その笑顔は、包み込まれるような優しさに溢れていました。
 それは、まぎれもない母の顔。
 ユリカはまだ物心が付く前に母親を亡くし、父親と二人暮らし。
 それは、しかたがないこと、と一言で終わってしまう話しかもしれない。
 そう、いつも自分に優しく笑いかけてくれる、このアキトの母親に自分のそれを見ていたのは、やはり自然な流れではなかったのだろうか?
 ………否、流れ、だった!
 だからこそ、その笑みは本当に母親に抱かれているような安心感があったのでしょう。
 絶対の安心―――信頼。
 ユリカは少しだけ鼻を鳴らすと、

「ほんと?また、アキトと会える?」

「えー、おばさんと約束。ほら、アキトも……」

 ニパッ♪

 漸くにして、この年頃の娘らしい愛くるしい笑顔を浮かべて指切りげんまんをして、バイバァーイと搭乗ゲートへと消えていくのでした。



  ―☆―☆―

「行ったな……。寂しくなるな、アキト」

「………………」

 無言―――。
 ただジッとユリカ達が乗った航宙船―――既に見えなくなっているので、その消え去っていった空を見上げいる姿。
 いつもならば「うっとうしーのがいなくなって清々したよ」と軽口も叩くであろうが、やはり寂しさは隠せないものである。
 そんなアキトの様子に両親は、悪いと思いつつもお互いに顔を見合わせて、クスリと忍び笑い。
 息子の成長に心躍らせていたのでした。

 グワシィ!

「なーにアキト。この研究(しごと)も本当に後少しで一段落付くんだ!直ぐにユリカちゃんに会えるさ」

 わしわしと乱暴に頭を撫でる、というか、シェイク?

「ち、違うよ!べ、別にユリカの事はどーでも良いンだよ!」

 未だグリグリと撫で付ける腕を必死にどかそうと、両手で抵抗―――は無駄と諦めつつも、言葉はいつも通りのセリフ。
 ………………
 ……少しばかり吃り気味なのはご愛敬か(笑)
 と言うか、酔っ払い?!
 少し、ぅぷと喘ぐような声も聞こえてくるのだが………(汗)

 だが、やはりそこは子供である。
 そう遠くない未来(あした)に会える事が判ったので現金なもの。

「もぉ……父さんたちはこれから仕事?じゃぁ先に帰ってるからね」

 元気いっぱいに駆けだしいったのでした。
 ………………
 ……漸く父親のグリ撫でから逃げられる口実を見つけた事にホッとしながらも(爆)

「ちょっと口が悪いが、良い子に育ったな」

「えー、私たちが研究(しごと)ばかりにかまけていたのに、本当に素直な子に育って嬉しいわ」

 息子の眩しいばかりの笑顔に―――親バカと言うなかれ、微笑ましく見つめる夫婦がいたのです。
 ………いま、した。

 それがアキトが……両親が……見た―――最後の、光景でした。



  ―☆―☆―

 閑静な住宅街。
 所謂、ベットタウンといわれる場所に建てられているごく普通の一軒家。
 そのまま空の蒼に溶け込んでいきそうな青い屋根に、少しページュかかった白が鮮やかな壁。
 低木樹による垣根が周囲を囲い、庭の芝生は綺麗に刈り取られている。
 そんな何処にでも在る、火星でもごく一般的な家屋。……なのだが。



「そっちはどうだ?」

 この情景を一言で言えば―――乱雑。
 いや、そのような言葉で締めくくるには相応しくないであろう。
 机の引き出しから、タンスや押入、ありとあらゆるものが引っ張り出されて、放り出されている部屋。
 その割には、物音を立てないように細やかな注意を引いている―――あまりにもおきまりな黒スーツの男達。

「こっちには無いぞ!そっちはっ」

 と一見怒号を掛け合っているように見えるが、実際には耳元に付けた携帯端末でのやり取り。
 徹底して物音を顰めて行われているようである。
 空き巣―――の割には、身綺麗な格好。というか、如何にもな格好で統一された黒服たち。
 乱暴に、しかし細やかに家宅捜索は続く。

 そして、あらかた探し、それが徒労へと変わろうとした時、それは来た。

「ビショップマスター!ナイトマスターから連絡です。『2B成る。天堕つる』、です」

「『予定通り』発生したか。……ルークの方は?」

「研究室の方も見つからなかったそうです」

「…………。ナイトの方に連絡しろっ!まさかと思うが、身に着けていないかを!」

 ビショップマスターと言われた男は、矢継ぎ早に己のポーンに向かって命令を下すと、自身も家捜しを続けるのであった。
 この男―――他の者たちより幾ばくか長身であるのだが、如何せん、合わせているのだろう。
 身に着けている服装はもちろんの事、サングラスに髪型まで同じでは区別がつけ難い。
 そして、この徹底して物音を立てないように気を付けている事からも―――プロ、であろう。
 何処の組織、もしくは団体であるか判らないが、三班に別れて何かを探しているようである。
 だが、未だ発見の報を聞かずに焦りも見え始めていた。

「何としても、『サンプル』を発見しろよ!」



 ちょうどその頃―――
 火星圏のテレビやラジオで、一斉に臨時ニュースが飛び交うのであった。

 ―――たった今届いたニュースです。ユートピア第二宇宙港にて、爆弾テロが発生しました!―――



 It is the thing of 2186 A.D.
 Now, an age rumbles, and the destiny of one man changes.



黒天 −Bパート−