黒き死を司るは天の御使い
         プロローグT 始まりを報せるモノ―――それは、訃告






      ―――A.D. Aug, 2186―――

 その衝撃は、大地を揺るがし、大気を震わせ、全身に『それ』を主張してきた。
 普段、決して体験する事がない―――それは、本当の意味での絶望的な経験となった。

 これからの人生に於いて、あらゆる意味で―――。

 意識するより、知覚するより、彼―――少年は走り始めた。
 虫の知らせ、とでも言うのであろうか。しかし、やはり考えるより先に、自が身体を急き立てる。
 今し方、辿ってきた道を急いで戻っていく。―――周囲の騒音は、既に聞こえない。……いなかった。

 真っ黒な黒煙が留まることなく、この青空を墨を垂らしたかのようなねっとりとした波紋を広げていく。
 まるで、少年の世界を『黒く』塗りつぶしていくかのように。
 その間を縫うようにして真っ赤な舌をチロチロと出しているのだが、しかし、少年は躊躇うことなく飛び込んでいった。
 目指す場所は、否、『其処』しか見えていないのだ!
 そこしか―――

 タッタッタッタッ…………!

「とぉさーん!かぁさー……んっ!」

 先ほどまでは、実に賑やかな場所であった。
 出会いに喜び、別れに哀しむ、新たな門出に祝福し、職務に励む。
 悲喜交々―――あらゆる感情が波打っていたが、しかし、今のように苦痛や怨嗟の声が覆い尽くす物ではなかった。
 様々な人々で埋め尽くし、賑わっていた―――ここ、火星はユートピア第二宇宙港は、

 ―――地獄絵図―――

 正に、この言葉すら生温く思えるほどの見るも耐え難い情景が、少年の目の前にて展開されているのだ。
 だが、少年は恐怖で戦慄く訳でもなく、泣き叫び逃げ出す訳でもなく、
 気丈にも―――無理矢理精神を奮い立たせ―――自分の両親を捜して回っていくのであった。

 それは、ただの予想にしか過ぎない確信!

 ヒック……ウグゥ…………ヒィッ……

 必死に涙を堪えながら、走る少年。
 周りは、既に肉の塊となった『元』人間(ひと)であったもの。

 身体の、一部分が無くなっているモノ。
 巨大な建造物、それをその身で受け止めているモノ。
 綺麗なピンク色を―――爆風にもろに晒されたのであろう、皮膚がケロイド状に爛れて、筋肉が露出しているモノ。
 見渡せば、枚挙に暇がない。
 今や、空港ロビーは言語に絶する様相を呈していた。

 恐い怖いこわいコワイ………

 でも―――

「父さん、何処ぉー?かぁさーン!」

 爆発によるその余波は未だ収まらず、ゴーゴーと燃え盛る炎とともに崩れ落ちる建造物の塊が後を絶たない。
 非常に危険な状態である。
 しかし、少年は全てを顧みない。
 或いは、まだここに居るであろう自分の両親を求めて先に進むのみ―――。

 今日は、特別何かある日ではなかった。
 ただ、少年の幼なじみの女の子とのお別れの日だった筈である。
 理由は単純明快。
 その少女の父親が、仕事の都合で地球に行くことになったのだ。
 その為に、特に近所付き合いも深い自分たち―――両親と一緒に見送りに来ただけであった。
 無論、別れは悲しい。
 普段は口うるさいだけの幼なじみだと思っていたが、いざ別れる事になるとひどく寂しいものである。
 しかし、それも直ぐに会える事が判ったから、ほんの少しの寂しさと、次に会える期待に胸膨らませる事となったのであった。
 別れがあったけれど、でも、だからこそ―――

 今日は、特別何かある日ではなかった。……筈である。

 ガシャッ……ガラガラ、ドーン………ッ!

 また何か、いや、空港ロビーの一角が崩れ去ったのであろう。
 轟音とともに、熱風が襲ってくる。

 肺が、焼けるように痛い。
 肌が、刺すように痛い。

 それでも少年は―――スダーン!
 ………転んだ。
 何かに躓いた、という訳ではなく、何かがズボンの裾を掴んだのだ。
 もちろん、語るべきもなく―――

「ヒッ!」

 声にならない叫びを上げ、少年は急いでその場から、そのピンクと黒で煤けた『何か』を振り払うようにして掛けだしていった。
 そして、少年は見る。

「父、さん………か、あさん……」

 折り重なるように、並んで俯せになって倒れている両親。
 今まで見てきたように、串刺しになっていたり、焼けてはいなかった。
 綺麗な、ままだ。
 そう―――

 夥しい、真っ赤に彩られた、水たまりの中に浮かんでいなかったら………。

 身体を揺する。―――しかし、起きない。
 声をかける。―――しかし、返事がない。

 仮に生きていたとしても、これほどの量の血である。
 直ぐにでも然るべき処置をしないと手遅れであろう。……が、ここは『地獄』であって救いの手は無い。

「父さん、早く起きてよー。ここにいたら、危ないよ。母さんもほらー」

 衣服は、血を吸い上げ真っ赤に染められ、その手も、濡れている。……が、少年は全く気にした様子はない。
 時折、涙を堪える為なのか、巻き上げる粉塵を防ぐ為なのか、掌を顔に持っていくために、それこそ全身が血に汚れていた。

 だが、少年は止めない。

 爆煙と轟音を引き連れてくる構造物―――空港ロビーを離れようとはせず、必死に両親に呼び掛けていた。

 カツン………。

 足音。
 ここにきて少年は、素早く反応する。

「誰か居るの?助けてよー。父さんと母さんを助けて!」

 カツコツカツコツ………

 男は、黒いスーツ姿にレイバン、崩れ落ちる建材と燃え盛る炎、そして人々の怨嗟の聲を背にやってきた。

「どーした、ボウズ?」

 少し粗野な気もするが、しかし、何処までも優しく問いかけてくる聲。
 ただし、この場に於いてでは、いやに落ち着き払っているが―――。
 だが、少年は気付かない。……気付くはずがない。
 逆にこの落ち着き払った、優しい声音に安心さえ抱く。
 だから―――

「あぁー、と、父さんと母さんを助けてよ!いっぱい血を流して傷ついて、早く病院へ連れてってよ!」

「……少し落ち着け、ボウズ」

「父さんと母さんが!早くはやくぅっ!」

「それ……そこに倒れているヤツは、お前の両親なのか?」

「早く……」

「両親、なのか?」

 静かに問う。
 目の前で両親が倒れているのだから、しかも、少年であってもマズイ、と思わせる程の出血である。
 落ち着く方が無理からぬ話しだ。
 しかし、黒服の男は、再度、問う。
 ゆっくりと―――
 静かに―――

 『それ』を!

「お前の、両親、か?」

 不思議と、場に浸透する響きだった。
 耳を塞ぎたくなるほどの、狂瀾を喚く声と轟音。
 しかし、届く。
 振り乱して錯乱状態であった筈の少年に、届いた。

「ん。僕の父さんと母さんだよ」

「そうか。なら、お前は『テンカワ・アキト』なんだな?」

 確認―――

「うん!」

 ―――承認

 ドーーーー………ン!

 また一つ、近くで崩落する構造物の音を聞いた。
 そして―――

「グゥ……カハッ!」

 少年は血を吐く。
 ボタ、ボタボタボタッと危険な程に。

 「ぅ〜ン♪崩れ落ちるコンクリ片。その落ちるタイミングを見極め、クイック・ショット。タイミングばっちりだな」

 近くでその音を、轟音を聞いたかどうか、と思った時、男の手に握られていたのは、黒光りのする、凶悪なモノ―――拳銃。
 今時珍しい低反動銃ではない、しかもリボルバーTYPEの銃だが、しかし、少年―――アキトが知る術ではない。

 判らない。
 いつの間に握られたのか?

 判らない。
 いつの間に噴煙を上げていたのか?

 判らない。
 いつの間に自分が撃たれていたのか?

 気付いた時には、数メートル吹き飛ばされた後だった。
 お腹が焼けるように熱い―――口の中が錆び付いた鉄の味がする―――気持ち悪い―――そして―――

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛いいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい
 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ
 イタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイイタイ…………………………………………………………………ッ!

「おっ、すまんなぼうず。いや、アキト?、だったな。ガキを撃つのはひっさしぶりだからな。つい、急所を『外して』しまったよ」

 朗らかに、実に愉快そうに笑いながら、語る。
 口元が喜悦に彩られる。……否、歪に歪むか。

「すまんなーアキト。苦しいだろ?」

 ズルリ……

 腸を少しはみ出しながら、アキトは一歩ずつ、いや、這いずりながら、離れてしまった両親へと近づく。
 つまり、そこまで吹き飛ばされたのだ。
 なのに、意識を保っているのは、すごいと驚嘆すべき事なのか!
 しかし、そのようなことは関係ないとばかりに―――

 ただただ、両親を目指し。
 ただただ、両親を求め。
 ただただ―――

 助けて欲しくて―――ッ!

「ナイトマスター!」

「おう、なんだ。俺はここだ」

「こちらでしたか」

 駈け寄ってくるのは、やはり、黒のスーツにレイバンとまったくうり二つの、特徴のない格好の男、と思われる人物。

「ビショップマスターからご連絡です。天HにてHPC(高純度クリスタル:High purity crystal)無、だそうです。
 そちらはどうか?と言ってきてますが?」

「ふむ?」

 振り返り、アキトの両親―――
 今し方、地球へと引っ越していった―――転属による―――ミスマル家の見送りをし、また仕事の為に研究室に帰ろうとした。
 世界でも名だたる、特にここ火星では高名な科学者―――特に自然科学を得意とする化学者。
 ―――テンカワ夫妻の下へと歩み寄るのであった。

 と、そこで気付いた。

 アキト。
 這いずって、両親の下へと行こうとするまだ幼き少年。
 その伸ばした、左腕の先―――

 ガォーーーー………ォォオン!

 火を噴く。
 再び凶悪な顎(アギト)を開き、牙を剥く―――銃。
 その先にはアキトの左手の甲―――穴が、穿く。

「………………ッ!」

 これがはたして子供が発する叫び声であろうか?
 おぞましい絶叫をあげる、アキト。
 はたして!
 これで左手が吹き飛ばなかったのは、幸か不幸か?

「あれ、だな」

 そうアキトが手を伸ばしていた先には、蒼いクリスタル状の宝石が付けられたペンダントと、テレカ大ほどの………
 なんだろう?石版、と語った方がしっくりくるだろうか?
 とにかく、テレカ大のややくすんだ黄土色をした石版が転がっていた。
 先ほど、アキトが最初に撃たれた時―――つまり、吹き飛ばされる時に、父の上着にでも手が引っ掛かったのであろう。
 それによって転がったようだ。
 そして、それこそが―――

「ビショップとルークの各マスターに連絡。『サンプル』は俺が見つけた!、とな」

 カツコツカツコツ………

 今の彼、ナイトマスターにとって、この靴音は良い響きとして聞こえていたであろう。
 この響き渡る無数の雑音の中にあって、しかし、己の靴音しか聞こえないほどである。
 歓喜に打ち震えている自分を隠す事がないのだから。

 何故かは知らないし、知らなくても別に良いが、こいつは、上の連中が血眼になって探している
 ―――その事は、誰でなくても知っている事である。
 だが、そのようなことはどうでもよい。
 ただ、どのような『仕事』であろうが、達成する、……させることが大事なことなのだから。
 この達成感を顕すには、情欲、と言っても良い。
 それほどまでに『仕事』を成功させるということは、彼の内奥から迸らせる悦の感情を昇華させるのだ。

 興奮する―――止まらない―――歓喜―――歪む―――信念―――狂気!

 自然と頬が弛み、口元に笑みが綻ぶ。

 目の前の―――自分にとっては―――おそらくはガラクタを拾うだけで、それだけで………

 ズズズ……ドー………ンッ!

「!」

 床が、崩壊する。

 『本来の仕事』を完遂する為に、それは陽動の筈であった。
 そうこの爆発騒ぎは、人々の混乱と煙幕の為の役割でしかなかった筈なのだ。
 それによって被害を被る人々―――犠牲者のことは考慮してなかったし、どうでも良かったのは確かだが。
 が、それでもこれ程の被害を出すとは計算外であったのは間違いない。
 空港と言う広大な場所で行動するには人数が足りない、と下部組織からメンバーを借りたのが仇となったか、と考えてみるが、
 しかし―――

 今まさに、最悪の結果―――災いとしてこの場に顕現化したきたのである。

「チィッ!」

 凄まじいまでの瞬発力!

 ナイトマスターはその類い希なる運動能力、およそ人間(ひと)のそれを凌駕しているのでは、いや、凌駕している瞬発力にて、
 崩れゆく床から逃れる為にフロアーを疾駆する。
 ターン!タンタンターンッ!と既に崩れ落ちているにも関わらずに、先ほどまで床であった鉄くずやコンクリ片を足場にして、勢いよく踏み抜く。
 一人―――先ほど自分に報告に来た男が、床の崩れゆくままに落下していったのが目の端に映った。
 しかし、ナイトマスターは色の無い、冷淡な眼差しでそれを認識するのみであった。
 否!内心は「このぉアホウが!」と最大限の侮蔑を送っていたのであるが。
 それは―――

 この場に自分たちの証拠を残す事になったことへの―――『怒り』

 無論、あの男―――死体を調べた所で何も出てこない。
 彼らが所属している組織。その中でもチェスマンと呼ばれる14名―――キングとクィーンを除く―――は、その隠蔽度を徹底させていた。
 それは行動そのものも含まれるが、その実、その身に着けているものから、それこそDNA情報に至るまでの全てを隠蔽しているのだ。
 いや、この言葉は些か語弊があるかもしれない。
 初めから無い―――そのようになっているのである。
 服飾や銃器など、それらを形作っているメーカーは無い!
 唯一不変である筈の遺伝子情報が彼らには無い!
 この世の中にあって絶対はあり得る筈がないが、しかし、彼らは『無』を纏って『害』を成すのである。
 しかしながら、

 ―――矛盾―――

 やはり、『絶対』はあり得る筈がない、とも思っている。
 だからこそ、「面倒だが、後で死んだか確認にいかねーとな」と頭の片隅に思うのであった。
 そこには勿論、『生きていたなら速やかなる死を!』と今更改めて考えるまでもなく、犯しべかざる不文律として―――。
 しかし、それと同等か、それ以上に思った事は―――

 自分自身への『怒り』でもあった。

 自分にとって、ただのコマであったとはいえ、部下を失ってしまった事。
 目の前にありながら、仕事を完遂できなかった事。

 それは、崩れゆく床と共に消えてしまった、青色のクリスタルとカード状の石版。

 最早、頭の片隅にも置いていない少年と共に消えたモノ。

 テンカワ・アキトと共に―――。



 それから直ぐに、TVや新聞等マスメディアにて報じられたのである。
 火星圏の完全なる自治を願ったが為に起こったテロ、と。
 そして―――

 高名なる科学者たるテンカワ親子の死が。



後書きという名の言い訳

 連載、始めちゃいました(;^_^A
 そして、世界中で蔓延している某病の所為で、外出許可が取りにくくなっちゃいました(T^T)
 抵抗力が全くない人間には、死活問題なのは判るけどよー、某省庁、あの対応は何ですかぁ!!
 と憤りを感じつつ、今日はこれにて―――。

 こんな拙くへっぽこなSSですが、宜しければメール掲示板にて感想を下さると嬉しいです。
 ではでは。




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