―――A.D. Dec, 2191―――

「ぅうーー……ん…………はふぅ〜……」

 一言で言えば簡素な部屋。
 特徴らしきものはない、ごく普通の部屋。
 ベッドと小さなタンスが一つずつあり、文机の上には学生カバンと教科書らしきものが散らばっていた。
 しかし、その机の上だけが乱雑―――とは言っても、明日の授業の用意の途中、という感じだが―――であり、
 それ以外は実に、部屋の中は実に綺麗なものである。
 その小さな文机だけが生活感に溢れている、そんな何もない簡素で、質素で、何もない部屋。

 いや、今日は違う。

 ―――違ったのだ。

 ベッドサイドには淡いピンク色の下地にウサギがプリントされているバスタオルが無造作に捨て置かれ、そしてベッドでは―――

「………………ここ……何処………?」

 今日の仕事の終わりを告げる暮れなずむ夕日に照らされた、墨を垂らしたかのような黒の髪
 ―――黒色なのに、しかし艶やかにして艶やかという言葉がしっくりくる緑なす黒髪―――
 を茜色に染め上げて、少女は少し舌っ足らずな声で訊ねる。

 応えは、しかし返ってこない。






 黒き死を司るは天の御使い
         プロローグU 彼女を捉えたモノ―――それは、狂獣






「あー、そうか。ここは………て、クシュン」

 唐突だが、火星の冬は寒い。
 そう、ここは入植が始まって既に1世紀が経つ太陽系第4惑星―――火星。
 戦の神が住まうと言われたこの惑星(ほし)は、いくらテラフォーミングにより地球に近い環境下になったとはいえ、
 やはり恒星(たいよう)との物理的距離は如何ともし難いのである。
 未だ居住空間はコロニー内でないと難しいほどに、寒暖の差は激しく、そして冬の寒さは厳しい。
 まぁさすがに室内コントロールによって、家屋の中は快適に保たれてはいるが―――

「うに〜、風邪でしょうか?……………ってキャッ!」

 別に何ともないのだが、本能(?)なのか、くしゃみが出た際、咄嗟に手をやった鼻を撫でるように擦る。
 視線が、無意識に手元に下がる。
 違和感を感じ………さらに下がる。

 平均よりは少し上の、しかしまだまだ固さが残る二つのしこり。―――いや、小さなふくらみ、しかし幼いながらも自己主張をしてくれる双丘。

 今はまだまだ発展途上なのだが、しかし年齢から考えるにまだまだ過渡期―――これからである。
 そもそも顔はまだまだ年相応のプニとした柔らかさがあるのだが、その双丘にもしっかりと―――。
 将来が実に楽しみなことであることは否めない。
 ………………
 ……その先端の薄いピンク色の小さな突起までもが見えるに―――

 少女は急いで手繰り寄せるようにシーツを―――被る。
 胸元を隠すどころではなく、頭から被った。
 恥ずかしさで、頬どころか顔が焼ける思いだ。

 そう少女は素っぱだ…………(ガキョゲキョギャギャギャ…………ジッ・ジジィーーーーーー)………

「だ、黙っててよー!」



 ………………
 ……スゥーハァーと深呼吸を繰り返すこと十数回―――ちょっと過呼吸気味に咽せもしたが―――漸く少し落ち着いたのか、
 チョコンと頭を少しだけ出すと、改めて部屋の中を見回す。

 見間違えるはずがない部屋の造り。
 しかし、先ほど問うた通りにここは少女の部屋ではない。
 では………
 では何処か? と問われるまでもなく、ここは自分の部屋、それ以上に慣れ親しんだ部屋だから直ぐに理解する。
 判る。
 いくら薄暗くても理解出来るから、安心出来る。

 ただ、この格好が気恥ずかしいだけ。

 またもや、少女の顔が、否、首筋から躰に至る全てが朱に染められる。
 決して差し込む西日だけのせいではない。
 そもそも、少しだけ出された顔以外は、未だシーツの中なのだから―――。
 しかし、これでは茹で蛸である。

 とにかく、さらに少女は、自分を落ち着かせるために深呼吸を必要としたのであった。



「もう夕暮れ時ですか? 随分と横になってたのか〜」

 自分を、部屋を染める茜色を見ながら、ポツリと零れる音。
 なにせ朝からずっと寝ていたことになる。
 しかし、それも仕方がないことか。
 朝に比べるとだいぶ治まってきたが、まだ節々は痛みを訴えるし、気怠い。
 そして何よりも異物感を―――と、そこで思考がまた止まる。
 どうにも今日の少女は、甚だ情緒不安定のようである。
 まぁ致し方がない、この一言で済ませれるレベルなのだが(核爆)

「……そうでしたね。昨夜、私は彼と………ここで………………」

 彼との行為―――いや、それは哀しみの中の行為だったが、でも、彼の言葉を思い出して、ニヘラと相好を崩す。
 しかし、年相応の愛らしさが、確かにそこにあった。
 可愛らしい、のだ。

 そう、ここは彼の部屋。
 自分の、少女の部屋以上に慣れ親しんでいる、彼の部屋なのである。

 夕日が、今日も静かに沈む。



 彼を意識したのはいつの頃だったのだろうか?
 取り留めのないことを考えてみる。
 ―――こう言ってはなんだが、考えていることは色ボケなのだが、この年頃の娘としては、実に聡明な少女であると言えよう―――
 このような時しか考えないかもしれないから、つまりは当たり前な関係だから、だから、真剣に考えたかも知れないのだが、
 やはり、考えただけ無駄だったかもしれない。
 気付いたとき、生まれたとき、知ってしまったとき―――そんなことは関係なく、出会ったときには既に始まっていたのだから。
 理由なんかは関係なく、追い求めていたのだから。
 そんなことに思いを馳せながら、振り返ってみる。
 過去(むかし)を―――



 その時、何があったのかは知らない。
 ただ、確かなことは。彼は怯えていた。
 ナニか、得体の知れないモノに怯えている毎日だったのだ。
 それは特に燃え盛る焔と黒い闇には過剰ともいえるほど、ひどく怯えてる有様であった。

 精神的外傷(トラウマ)だ!

 少女は―――例え自分に何も出来なかったとしても―――、その傷(トラウマ)を負ったときに、
 側にいることが出来なかったのを悔やんだほどだ。
 まだまだ今よりもずっと幼かったのだが、それだけはしっかりと覚えている、強い想いだ。
 それほどまでに彼は、焔を恐れ、闇に泣き………人間(ひと)に恐怖していた。―――それが、現実。
 彼の心を―――ほんの少しであったかも知れないが―――癒すのに、1年の歳月がかかったのは、しょうがないことであろうか?
 いや、それだけで正対できるようになったのは、ひとえに少女の献身に因るところであろう。
 しかし少女も、あの時の、うっすらと微笑んだ、あの透き通った笑みは今でも心を捉えて離さない
 ―――そんな確かな宝物を貰ったのも確かなのである。

 これにより、ますます献身的に―――それこそ四六時中離れないぐらいに―――彼の側にいた。

 両親が笑って呆れるほどだ。
 だが、暖かく見守ってくれた。
 彼のことを心配し、そして少女のことを信頼している証―――そう言わんばかりに。

 それから2年、3年と月日が経つほどに、彼の心は徐々に回復していく姿は、見ていて実に微笑ましく、そして周りを和ませるのであった。

 まぁ傍から見れば、過保護なほどに―――いや、実際過保護なのだが―――彼を見ていた彼女、彼女を見つめ返す彼、
 とベッタリと貼り付いたように一緒にいる姿が、初々しくも可愛らしかったのであるが。
 つまりは遊ばれていた訳である。―――少女らは(爆)
 でも、それが一番幸せだったかも知れない。

 例え、引きずっているモノがあろうとも―――。

 本当にいろいろとあったね、と膝に乗せた顔に綻び彩を乗せて、過去(むかし)を楽しんでいる、少女。
 2年ほど前から伸ばし始めた髪が、稜線上をたおやかに流れるようにかかる。
 差し込む朱は、何処までも優しく、二人の過去(おもいで)を紡ぐ。

 喜びに溢れた二人の時間。
 時にはケンカをしたこともある。
 もちろん、泣いて笑って楽しんだ―――いろいろな想い出たち。
 今はまだまだだけど、きっといつか傷(トラウマ)も癒える時が来る、と信じて疑わなかったであろう。
 そんな日常。
 しかし―――

 今日―――より正確には昨日だが―――彼はまだまだ全然癒されていないことを思い知らされたのであった。

 組まれた腕が、閉じられた足をさらに固く閉じさせる。
 愚かだった、と思い知らされた。
 癒されている、と勝手に思い込んでいた。
 自責の念。
 後悔。
 しかし、それを理解したのは―――

 ケモノの咆吼とともに少女は、彼に―――襲われたとき。

 艶やかであった髪が、色を失い無造作に絡まり、解れていた。
 少女特有の瑞々しいまでの肢体が、だらしなく四肢を投げだし、微かに震えているだけであった。
 既に表情は無く、瞳にも生気は無い。
 気付いたときには、既に今日の―――朝。

 少女―――彼女は………を引き裂かれたのだ。

 そして、少女が変わってしまったのと同じく、彼も変わった。
 それが今日の朝。
 今朝の出来事。



「…………」

 斜光で塗られた紅唇(くち)で、小さく呟くように彼の名を呼ぶ。
 何故だろう。
 それだけで少女は、胸の奥から暖かみが広がっていくのが感じられたのだ。
 それは昨日までと同じだが、しかし過去(いま)まで以上に感じる温もり。

 ―――彼の人の温もり。

 もっと欲しいと想う。
 確かに繋ぎ止めたいと想う。
 昨夜のような形ではなく、ちゃんと―――

 ………………
 ……そこで少女は気付く。

 彼の愛しき人が居ないことに―――。

「!?」

 不安。
 急に不安が募る。
 止まらない。
 小さな棘でしかなかったものが、大きく広がり刃となって襲ってくるように、
 そんな錯覚じみた理不尽なほどの不安―――恐怖が押し寄せてくる感覚に襲われる。

 少女は跳ね上がるように飛び起きると、慌てて部屋を飛び出して探すのであった。
 しかし、慌てて―――そして少しの恐怖の混じった―――呼び叫ぶ声は、直ぐに返事として返ってきた。

 安堵。

「んー。ここ、台所ぉ」

 少女は、彼の返事が終わる前に、直ぐに階下へと駆けていくのでした。
 その表情はまるで、母親を探し求めていた迷子の仔猫のように、不安に彩られた中にある確かな喜びに溢れ―――



 ここは、彼の家。
 そして、少女の………我が家。
 少女は兄の―――彼の愛しき人の下へ飛び込んでいくのでした。



後書きという名の言い訳

 ノーコメント、ってことでよろしく(核爆)

 こんな拙くへっぽこなSSですが、宜しければメール掲示板にて感想を下さると嬉しいです。
 ではでは。




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