―――A.D. Oct, 2195―――
それはただ、木星方面から来た、とだけ伝えられていた。
<<ふふ♪ 今、ちょうどユートピアコロニーの上空ですよ。……見えますか?>>
「………………はぁ?!」
些か、どころか酷くみっともなく間抜けな声を上げたのは、おさまりの悪い少し茶のかかった黒髪をした少年。とも青年とも言える年頃の男性。
そんな少年の惚けた顔を見た相手―――女性は、悪戯が成功した童女のようにペロッと舌を出し、微笑みを浮かべていた。
明るい、そう向日葵のような笑みを。本当にこの通信越しの少年を信頼し、そして想っている笑顔。
それは、彼の人にしか見せない澄んだ輝きを放つ笑み。
「えと………、それを着てる、ってことは『仕事中』なんッスよね? ……今、上?!」
彼女―――いや、まだまだ幼さを残す利発そうな少女だ―――の動作に併せて、ふんわりと舞う黒髪は、
≪えぇ、そうですよ♪≫
画面の向こう側で、少し朱色に染まった頬を隠すように、少々大袈裟にコクコクと頷いているからだ。
少年も少女の仕事は知っている。
―――まだまだ幼いのだが、その特性を見出されてスカウトされたのだ―――
だからこそ『仕事着』から見て、就業中と判断している訳である。
が、まさか上がっているとは思っていなかったようだ。
事実、昨夜も「ちょっと大きな仕事がありますから……」ぐらいしか聞いていない。
が、それでも素直に庭へ出て、青空を、その上を見つめて―――否、凝視しているのは、些か可愛い気もする。
根が、本当に素直なのだ、この少年は。
≪あ、ごめんね。上空40000mだから、ちょっと見えないかも≫
それは……宇宙と言わないかい、普通(苦笑)
とは云え、その少年の行動は、ある意味少女の予想通りであり、そして喜悦のツボを捉えたようだ。
少しの苦笑いとともに、それ以上の柔らかな、満面の笑みを浮かべながら少年を見つめていたのでした。
「宇宙(そら)、か。………大丈夫か?」
一方の少年は曇り顔。心底心配しているようだ。
だからこそ、慌てて否定する。
例え少しでも心配はさせたくないのだ。
≪あっぁっ、大丈夫ですよ。シミュレーションはバッチリですし―――実は、既に先ほど飛んできたんです。
ホントに初めてか? 大変筋が良い、と教官からも褒められたのですよ?
だから大丈夫です。心配してくださって、ありがとうございます≫
でも、途中から笑顔に変わってしまうのは、仕方がないことか。
何故なら、この少年の困ったような、心配そうな表情は―――見たくはないが―――少女だけしか見たことがない、少女だけに見せる顔だから。
だからこそ、本気で心配していることが判るから―――嬉しい。
心配掛けたくない、と強く想うほどに、嬉しさが迸るのであった。
「ぅぅう………。そ、そこまで言うなら、信じるけど、さぁ。けど、ホント、気を付けろよ?」
≪えぇ、ありがとう。そして、心配かけてご免なさいね≫
「ん。……で、今度も長いのか、演習?」
≪えと、3日間の予定です。………一応、機密だから詳しい事は言えないけど、ね≫
言葉尻は小さく、しかし、テヘッと悪戯っぽく微笑みながら。
………………
……ちなみにこの通信は、遙か上空を飛んでいる艦内からのものである。
無論、少女は訓練中―――しかもパイロット候補生―――な訳であり、先の言葉通りに宇宙遊泳(?)をしてきたばかり。
今は、少しばかりの休憩時間を利用して、この通信に望んでいる訳だ。
で、ここで少し―――。
今は『少しばかり』の休憩時間なのである。
これが済めば、当然の事ながらまた訓練だ。
で、宇宙服、というのは、まぁ当たり前の事だが、生命維持を最優先に作られているので―――無骨な格好なのは先刻ご承知の事と思われる。
何が言いたいのか?
それは―――少女が彼の少年に通信する際、この無骨な宇宙服を脱いできたのである。
着にくい、脱ぎにくい事この上ないこれを、わざわざ脱着して、手鏡片手に軽く髪などを整え、通信に望んでいる、のが今の少女。
何だかんだと言って、一途な『乙女』な訳ですよ(笑)
………………
……と、こんな事を書かなければ、ほの甘いだけで終わったのになぁ(爆)
無論、この通信が終わった後、大慌てて宇宙服を着たのは、まったくの余談ではあるが。
≪でも、この訓練が終わったら、暫くは休暇貰えるみたいだから。ちょっと楽しみ……ね♪≫
「ホントッスか?!最近、なかなか逢えなかったからなぁ。昨日、久しぶりに帰ってきた、と思えば、直ぐにそこだろ?
ぬか喜びじゃないッスよね? これが嘘だったら、『攻めるよ』、俺」
朗らかに笑みを零しながら、何気に物騒な事を曰ったような気がするが、この際気にしないでおこう。
≪う、うん。……あ? えと……久しぶりに食べたい、かな?≫
「ん? 何が食べたい?!何でも作ってやるぞ?」
≪ラーメン!≫
「………へ?!いや、別にもぉ少し凝ったヤツでも良いッスよ? まぁあんまり上手じゃないけど…………」
≪ぅうん、ラーメンが良いのですよ。少なくてもこのユートピアコロニーでは……いえ、火星圏ではこれ以上美味いラーメンは無いと思ってますから≫
真剣な、曇り一つない眼差しで見つめる、その髪と同じく綺麗に透き通った黒曜石を思わせる瞳。
あまりな真剣さ故に、少しだけ少年の胸に不安が去来した気がしたのだが、それを気付かぬふりをして、言葉を紡ぐ。
「大袈裟だなぁ。良いッスよ。ラーメンね。とびっきりなヤツを作ってヤルよ」
≪うん♪ ありがとう。楽しみに待ってますね♪≫
何と表現すれば良いのであろうか?
本当に、まるで女神のような慈悲に溢れた淡い笑み。
最後に、少年に届けられた≪そろそろ戻らないといけないから。ごめんね……それでは≫という言葉に、ただ「ああ」と応えるのが精一杯なほどに。
それこそ、通信ウィンドォが消えても、なお、虚空となった『そこ』を見つめるほどに―――。
だが、少年は知らない。
その通信が終わった後の一言を。
知るはずがない―――。
「大丈夫!行かせはしないわ。絶対に!―――………そして、帰るのです。アキトの下へ―――」
決意の言葉を!
とある女性パイロットの、重戦闘母艦空母ホウライからの映像―――決意であった。
黒き死を司るは天の御使い
第壱天 人を築きしモノ―――それは、動乱
それはただ、木星方面から来た、とだけ伝えられていた。
初めに探知したのは、小惑星帯にある鉱物資源ステーションからの通報だったと言われているが、定かではないのだが、
曰く、巨大な未確認物体が内惑星系内に侵入する、と伝えられたと言う。
その後、無数の小型艦艇らしきモノもいる、と連絡が入った時は、連合議会は騒然となったものであった。
直ぐさま箝口令を布き、慌てふためいて議論したと言われています。
が、それをよそ目に冷静に対処したのが、連合軍でした。
今と考えればおかしな話である。
その10ヶ月ほど前、つまりは今年に入ってから、軍備の、特に火星圏での演習は頻繁に行われていたのだ。
今回も、『たまたま』火星圏で大規模な演習を行っていたのである。
そして、先の報である。
中央からの命を持って、直ぐさまに臨戦態勢を取ったのだ。
まるで、何が攻めてくるのか―――
否、初めから『敵である』と知っている、という行動。
しかし、それに疑問を挟む事がなく、否、疑問が挟めなかったのだ。
一般市民は―――。
火星の、とりわえけ布陣を展開している場所にも関わらず、ユートピアコロニーの住人ですら、その事実を知らないのだから。
そう人々は日常を、すこしの退屈と、少しの満足、そして、少女の―――恋人の帰りを待つ、そんなありふれた日常を送っていた。
その日も―――。
「良し。敵布陣が完成する前に攻撃するぞ!射程距離に入ったら斉射三連!のち、デルフィニウム部隊を出す!」
まさしく老獪!
老いてますます盛ん、とはこの事か。
見事な白髭を蓄えた老提督は、しかし、良く通る声で、矢継ぎ早に命令を下すのであった。
他の者たち―――とりわけ、参謀たち―――が、声を為すことすら出来ない状況だ。
しかし、この艦橋にいる人たちは、皆、この老提督の為人に惚れ込んでいる人物たち
また、この老提督も部下達の事は、特にこの艦橋にいる者たちは熟知している。
だから、一見すれば誰の意見も聞くことなく、頭ごなしに命令している暴君のように見えて、
しかし、その実、表で命令する老提督があれば、裏で的確なサポートをしている参謀他、艦橋クルーがいる。
だからこそ、史上稀に見る大艦隊―――しかも初の外宇宙生命体と思われるモノたちとの星間戦争―――でも、
いつも通りに、否、それ以上に、艦隊を手足のように動かせたのである。
そこにあるのは、一糸乱れる艦隊行動であった。
しかし―――
「ダメです!主砲、全く効いてませんっ!弾かれて、いえ、曲げられいます!!」
「敵艦前方に強力な重力場を探知。こ、これは………。異常です!く、空間がねじ曲がっていますっ!!」
「敵艦、依然進行中!」
前方の敵性体に対して連合宇宙軍は、というと、ゆうにその5倍以上の戦力を投入しているのである。
万が一にも負けはあるまいし、あわよくば、この一斉射で終わらす予定だった。―――筈である。
が、現実はどうであろうか。
まったく効かないのである。こちらの攻撃が―――。
艦橋内を飛び交う情報は、どれを取ってみても絶望の一言。
驚愕、悲嘆、怒号、恐怖、それらが坩堝となし、渦巻いていたのであった。
さすがに旗艦内は、その絶望とも言える報告の中でも、少しでも情報を、打開策を見つけようと頑張るのだが、
それもこの老提督を信じてのことである。
つまり、その他の艦艇となれば―――
「戦闘空母アカギ、ダイセツからデルフィニウム部隊の発艦を確認!」
「こちらも、フジ、イワテ、ハッカイからの発艦を確認しました!」
「いかん!まだ早い!早く戻せっ!」
まさに目を剥かんばかりの怒声。
しかし、この老提督の命令が伝わる前に―――。
「敵艦から高エネルギー反応。……いえ、先ほどよりも凄まじい重力場をキャッチしましたっ!!」
「戻れぇぇぇえええっっ!!!」「来ますっ!」
老提督と情報分析参謀官の声が、奇しくも並んだ瞬間だ。
絶望は直ぐ目の前にあった。
悪夢、としか形容が成し得ない。
それはまさしく悪夢であった。
この暗色に彩られる宇宙(そら)の中で、それ以上の闇色を以て包み込んでくる物体。
端から眺めるのであれば、その異常重力場により、周りが揺らいで見えた事であろう。
超重力場による波動攻撃。それが、艦隊を襲った暴風の名。
頑強な装甲を持つ筈の戦艦が、まるで飴細工か何かのように簡単に熔ろけ、爆散する。
況や、先ほど出撃したデルフィニウム部隊などは―――跡形もないことであろう。
或いは、幸せなことかもしれない。
何が来たかも判らず、機体が拉げていると気付いた時には爆発し、原子の塵と化しているのだから。
まったく為す術がなかった。
圧倒的な戦力の筈だった。
一斉射で終わる筈の『虐殺(ジェノサイド)戦』であった筈だった。
だが、これはどうであろうか!
実際に蹂躙されているのは、連合宇宙軍の方である。
圧倒的大多数で無人の野を行くはずの、である。
こちらの攻撃が全く効かないのだ!
「フクベ提督!光学兵器はまず無理でしょうから、実体兵器ではどうでしょうか?」
「……実体弾だと?!」
「はい。敵性体は空間を歪める事によってシールドしております。
ですから炸薬と推力を増強し、突破すれば良し。仮に出来なくても、強力な爆風によって歪曲率を弱める事は出来る筈です」
さすがはフクベ提督―――彼の老提督―――の古参の主席参謀官である。
余分な説明は省き、簡潔に効果と打開策を直ぐさま述べる。
勿論、彼とて何処まで効くのか判らない。いや、判る筈がない。
効かないかもしれない、という恐れも持っている。
しかし、何もしないよりは、という思い、一類の望みにかけるのみ!
「判った。君に任せる。直ぐに実行に移したまえ」
この柔軟性が、フクベ提督の人柄を如実に語るものとも言える。
部下の意見を素直に聞き入れ、利あるならば直ぐに実行に移す。
頭で判っていても、なかなか出来るものではない。
しかも、このような『敗戦濃厚な』戦場に於いては。
だが、すべてが遅かった。
否、初めから無謀な戦だったのだろうか?
「敵母艦から多数の艦載機の射出を確認!」
「敵母艦、更に侵攻してきます。―――いえ、敵母艦のみ突出してきました!
進路そのまま。予想通り、火星南極点に向かっていますっ」
最早、否、最初から趨勢は決していたのだ。
理解したくないのだが、既に焼け石に水―――少々の戦果が何になろうか?
「敵母艦に集中砲火!」
「ダメです!効き目、いえ、届いていません!」
落胆、悲哀、喪失―――そして、絶望!
更に―――
「中央から全戦域に平文にてレーザー通信が来てます!」
戦力の建て直しを唱えていたそれは、事実上の敗北。
そもそも平文で送っている所に、よほどの混乱ぶりが伺えるというものである。
「フクベ、提督………」
フクベ提督は、ゆっくりと首を巡らし、戦術情報ウィンドォに浮かぶ情報を見る。
そして、次々と爆沈する味方の戦艦(ふね)を。
しかし、それを嘲笑うかのように中央ウィンドォ画面には―――
敵母艦の姿が大きく映し出されていた!
「私は―――我々は甘かったようだ。果たして、後方に下がったところにて、これに勝てるやら…………」
「提督、何か?」
静かだった。
フクベ提督の声は、まるで森の中の湖のようにさざ波一つ立たず、静かなものであった。
故に、誰の耳にも届く事はなかった。
それは、のちに苦渋の道を歩むことになる決意だったのか?!
「装甲の厚い戦艦(ふね)を外殻に、中央突破をする。―――全軍、転進しろ」
グオォォオォーーーン!!
宇宙空間では聞こえる筈がない音。
今また、一隻の戦艦が爆沈した。
その灼熱の炎に照らされて、フクベ提督は、更にぽつりと、しかし、語尾は声高に宣誓する。
「本艦をぶつける。…………総員退避!!これより本艦を敵母艦に突入させるっ!!!」
それは軍人ゆえのエゴだったのか。
それとも死んでいった仲間たちへの、部下たちへの手向けだったのか。
それが今―――!
―☆―☆―
「くぅ!漸く3機ですかっ」
それは僥倖というべきか。
新人である。
初の本格戦闘。
―――しかも、宇宙へあがるのも初めてなのだ。
いや、それどころかまだ少女なわけであるし、ただのパイロット候補生である。
―――その素養を軍上層部に認められているとしても―――
にも関わらずに、未だ撃沈(しず)まずにいる。
それどころか、の成績だ。
そもそもが、彼の女性に与えられたデルフィニウムは旧い。
この初の星間戦争となる戦闘では、戦場の雰囲気を見る、ということで揚げられているのだから当たり前か。
つまり、実戦闘などは当初の予定にあるはずもなかった。―――というか、あるはずがない!
もっと言うならば、圧倒的な戦力を持って編成された迎撃部隊である。
厚い層の一番後方で陣取っていることからも、先の『戦場の雰囲気を見る』はあてはまることであろう。
ちょっとした実地研修のつもりなのだ。
これが現場の判断。
―――旧式のデルフィニウムを与えられたのも、程度の良い―――火気管制システムが本物の―――訓練機を与えたに過ぎない―――
しかし、制服組の文官―――連合軍の高官たちは、これは良いデモンストレーションになる。連合軍の威容を示す絶好の機会だ!
とド派手な観艦式気分であり、またそれを誇示せんがためのものであった。
………………
……連合議会内での発言権の強化・拡充が目的か?
しかし、実際には初戦にて、敵の未知なる兵器にてベテランパイロットたちの殆どが原子の塵となったのだ。
敵は―――全くの無傷。
それが故の出陣。―――初陣。
バカげた総力戦に出ているのだ!
しかし、少女は生き残っている。
しかも、敵機をも撃破しての―――。
だが、この女性にも判っていた。
既に事実と成り得る事であろうことが判っていたのだ。
先ほどから入る通信は、否、ここから見る状況は、最早絶望的。
どう足掻いても勝てる見込みは無いことは、誰が見ても一目瞭然。
それでも、少女は己を鬼と化す勢いで頑張るのであった。
「次は―――って、何処も敵だらけですね。良いでしょう。誰も火星には近づけさせません!」
獅子奮迅の働き、とはまさにこのことだろう。
初戦闘である。
緊張の連続からか、戦闘服の中は汗や汚物でベトベトだ。
密かに自慢している艶やかな黒髪も、今は色も失せ、ベッタリと額や頬に張り付いている。
気持ち悪い。
早くシャワーで汗を流し、ベッドに横になりたいと思う。
だが!
今の少女は、そのような事は全く考えていなかった。
ただ想うは―――
火星にいる自分の家族のこと。
それ以上に―――。
健気?
可愛らしい?
でも、それは強さとなる!
火星に居る『好きな人』の為!
その想いが、少女を動かしていたのだ。
「―――7機目っ!」
絶望の最中、少女は決して諦めなかった。
どうしてそこまで強くなれるのか、しかし、判らない。
いくら『想い』が強かったとしても、何故、少女の精神は逸脱しないのであろうか!
判らない。
判らないが、躰は正直に拒否反応を示しているのに、しかし精神がそれを凌駕しているのは事実であった。
そもそもが連合宇宙軍の兵器体系では、ほとんどが効かないのである。
戦闘偏執狂(パラノイア)と化し、ベテランの中にあっても、気が狂ったまま、死んでいった者もいる。
この混戦である。
運悪く流れ弾に当たって、原子の塵へと化した者もいる。
―――いや、当たらない方が運が良かった、と例え信心が無い者でも、神に感謝したくなる銃砲の嵐なのだ。
正直な話し、敵による攻撃よりも、誤爆―――冷静さを失い弾をばらまくだけとなった、味方による同士討ちの方が酷かったと思われる。
それでも、少女は戦場を駆け巡る。
「そろそろ弾薬が尽きますか。……一端、母艦へ補給に戻りましょう」
そう呟きながら、少女は素早く索敵レーダーとモニターを見やる。
先ほどから発していた警告音は、IFSを通じて意識野から外す。―――強制終了だ!
残ったのは、敵のみ!
―――見るまでもなく、バカ見たく敵だらけなのだが―――
そして徐に少女は、己を守っている鎧にして武具たる機体に一つの命令を下す。
残った弾薬の放棄を―――。否、効果的な煙幕とすべきポイントへ。
そうなのである。
少女は、その状況判断能力が異常に優れているのだ。
それは他人から見れば、ただ単に『勘』なのかもしれない。
が、現に少女の戦績がそれを物語っているし、少女は既に錯綜していると言って良い情報からしっかりと読みとっているのだ。
天性とも云える洞察力。
誰がルーキーと信じようか?
誰が候補生と信じようか?
誰が、幼い少女だと信じようか?
特にこの戦況下で、この戦績である。
エースパイロットといえるだろう。
そして今ここでも―――
ブースターロケットを強制パージ。―――燃料はほんの少しのみ、未練はない。
そして、そこへミサイルを射出―――爆破。
その間、チャフの散布も忘れない。―――あくまでも冷静に、である。
それは、アクティブ、及びパッシブ、両センサーを混乱させる。―――おもいっきりよく逃げたのだ。
そして、少女は見事に帰還したのであった。
弾薬を補充する為に―――。
―――為だった筈である。
しかし、少女の想いは、ここで裏切られるのであった。
―☆―☆―
「撤退ですって!」
「ば、バカッ!!転進だ!転進!」
この部隊に配属になって初めて、否、パイロット候補生に選抜されてから初めてあてがわれた機体―――
それが今乗っている機体、このデルフィニウムであった。
ゆえに少女は何かにつけて、ここに訪れたものである。
最初は、さすがに整備の邪魔になるから、とこそこそと物陰から覗いていたのだが、
しかし、毎度毎度、毎日覗いていれば、よほどのバカでもない限り気付くことであろう。
事実、直ぐに気付かれ、初めは胡乱げな眼差しで見つめられていたが、
それでも少女の純粋さ故か、ほどなくしてこの場に馴染んでいったのであった。
それに「ご迷惑をお掛けしてますが、私にはこれぐらいしか出来ませんから」と自分の機体を丁寧に磨きながら、
「ですから、いつもありがとうございます。本当に丁寧なお仕事で、『この子』も喜んでいますよ、きっと」と
機械相手に何を?と思われるような、まぁバカかキチガイか、と思われるセリフを臆面もなく言いのけたわけだ。
がしかし、ここは整備班―――。
機械と語ってきた人々である。
しかも少女は、その純粋な心からの微笑みをかけているのだ。
つまりは、本心から語っている言葉だと、それこそケモノでも理解出来る真っ直ぐな心が産み出している、と理解出来るからこそ、
新人(ルーキー)ながらも、すっかりと打ち解けたのであった。
………………
……無論、少なからず女性だから―――しかも、誇張し過ぎかもしれないが、『絶世の』の枕詞が付くほどの可憐な少女だからかも知れないが(笑)
年齢以上に大人びて見える、可愛いよりも綺麗な女性なのである。
整備班―――連合軍の中でも男性の比率が8割以上の職場である。
女性パイロットの数も―――最近は多くなってきたが―――やはり、男性が主体である。
………まぁ少女の純粋さに触れたのは、本当の話なのだが―――。
話しを戻そう―――
補給の為に戻ってきた少女が、まず馴染みの整備士から聞かされた話が、これなのである。
無事に帰還した事を、平時であるならば、いや、そうでなくても凄く大袈裟に取られるかもしれないが、涙を流し喜んだものだ。
―――この話しからも、この少女の愛され方が判るというものである。
この濃厚な負の匂いを漂わせている会戦に於いては、致し方がない事かも知れないが………。
しかし、少女は無事に戻ってきた。
ほぼ整備班総出で喜ばれたものだ。
無論、少女も困ったような嬉しいような、少し複雑な笑顔で、ありがとうございます、と謝辞を述べたのである。
が、次に聞かされた言葉は、果たして理解するまでに幾ばくの時が必要であったか。
「ちょうど君が帰還する間際―――上層部は、この宙域から転進する事を決めたよ。戦力を立て直すンだってよ」
無論、承服出来る訳がない!
無駄な事は判っているが、判っているはずだが、その整備士に詰め寄る、少女。
しかし、いくら詰め寄ったからといって状況が変わるわけではない。
そもそも、この整備士にあたる事自体が間違っていよう。
が、頭で納得しても、心が、気持ちが納得いかない。
軍が、一度出した命令を撤回する筈がない。
しかも一介の兵士如きの声で。
理解し過ぎるほど、理解している。
しかし、それでも―――
「俺が言っても何もならないけど………ゴメンよ」
「悔しいがな、今、出ていってもアレだろ?それならば作戦を練り直してから出直した方がいーぜ? な」
「大丈夫!きっと直ぐに反攻作戦に出ますよ」
次々と言葉をかけてくれる、整備班の面々。
本当に少女は、この整備班に愛されているのであろう。
慰め、という言葉も変かもしれないが、それでも少女を立ち直らせようと必死に言葉を継いでいるのである。
「それで………地上はどうなりますか?」
背中を丸め、顔を俯かせている姿は、なんと寂しいものであろうか。
垂らされた黒いベールの向こうの、表情は判らない。
しかし、声が、如実に物語っていたかもしれない。
か細く、振るえる声で、必死に一つ一つ単語を紡ぎだしている声が―――。
「地上部隊(した)の連中が、今、市民をシャトルに誘導して脱出しているらしい」
「じゃぁ、私たちも―――」
「それは……無理だよ。この航宙母艦(ホウライ)に大気圏突破の能力は無い。無論、デルフィニウムにもな……」
「ではでは……………………そう、せめて宇宙に上がってきたシャトルの護衛を………」
「…………残念だが、な。諦めてくれ。
これは軍艦とは言っても、運搬能力に特化した母艦なのだよ。戦闘能力は微々たるものだ。
が、無論、他の部隊がちゃんと護衛しているから安心しろ。
それにな、敵母艦に向けて旗艦をぶつけたらしいぞ?
こちらの損害も大きいが、なぁに、ヤッコさん達の戦意もガタガタさ。
大丈夫、助かるよ」
言っている本人ですら、不安は拭い去れてはいなかった。
そもそも、シャトルとて数に限りがある。
とてもではないが、全市民を乗せることなど到底無理だ。
それでも、今は敢えてその事実に目を伏せ、目の前の少女を元気づけようと必死なのである。
自分も、ここにいるほとんどの整備班の人たちも―――火星に居を構えている人がほとんどだ。
家族や友達、恋人もいるであろう。
だからなのか。
少女も不安が払拭された訳ではなかったが、それでも少しでも前を見ようと気力を奮い立たせたのは。
「そう、ですよね? きっと大丈夫ですよね。皆、助かって………助かりますし、直ぐに反抗作戦が展開して、火星(こきょう)も取り戻せますよね?」
「あぁ、その通りだ!」
ここからは見えない火星に思いを馳せて、固く握られた拳は、微かに震えているのは致し方なきことか。
これ以上口を開いたら、泣き言か、憎悪の音しか紡ぎ出せれ無い事を知っているから、ギュッと口を噤んで。
その想いの向こうにあるのは、火星にいる両親のこと、友達のこと、
そして―――
「―――アキト。無事で、いますよね?」
彼の女性の想い人のこと―――
軍にスカウトされて入隊した時に、その想い人から貰った初めてのプレゼント
―――ブルークリスタルのペンダントが、淡い光を放って胸元で揺れる姿をそっと見つめる。
ギュッ!
「………………申し訳ありません!やはり私、わたし……!」
周囲の視線を気にすることなくその豊かな双丘を晒すかのように胸元を開き、握り締めていたペンダントを急ぎしまい込む。
そして、その行動、否、その言葉が言い終わる前には、デルフィニウムのコクピットに滑り込んでいたのだ。
その貌に添えられた表情は、まるで捨てられた子犬のように泣き出しそうな色で不安に陰が差している。―――機動シーケンスを起ち上げる。
納得させようと思ったが、しかし、彼の少年の名は、その悲壮の決意を容易に決壊させるに十分であった。
少しでも早くシャトルに乗っている事を確認したい。
確認出来たのならば、それをちゃんと後方―――地球圏まで護衛したい。
何よりも無事でいて欲しい!
その想いだけが、今の少女を突き動かす。
無骨なヘルメット内で、珠となって涙が浮かぶ。
が、今、それが気になるものであるはずがなかった。
≪アキトの無事が確認出来たら、帰ってきますので……それまで『この子』を借りていきます!≫
当たり前だが、今は戦時中故に格納庫のハッチが開いていったのが仇となった。
今から緊急閉鎖したところで間に合うはずがない。
「バカ野郎ぉ!!」
果たして、その怒声は聞こえたであろうか?
凄まじい轟音を響かせながら、デルフィニウムは飛び立つのであった。
しかも、整備はされていない。
それもそうであろう。
今先ほど、帰還したばかりだ。
どうやって整備が出来ようか。
つまり―――
「無駄死に……しやがって…………」
誰かが、そう呟いていた。
武器は、無い。
増漕は、とっくにパージしている。つまり、燃料も極僅か。
この乱戦―――しかもどう贔屓目に見てもこちらの不利、どころか人間が戦車に挑むようなものである。
圧倒的な負け戦―――大敗である。
最早、助かる見込みは万に一つもないのだ。
「ちゃんと、返せよ………―――」
音は遠くへ消えていく。
ただ、この少女にとってたった一つだけ幸運だったと思われることは―――
火星に落ちた敵母艦―――後日、チューリップと呼称―――によって、ユートピアコロニーが壊滅したのを知らないことか。
想い人たるアキトと呼ばれる少年がいた―――ユートピアコロニーが。
戦争―――
人間(ひと)が、儚くも脆く簡単に死んでいく、という意味を持つ言葉。
――― 第一次火星会戦 ―――
後書きという名の言い訳
さぁ、いよいよナデシコ本編に入りました、です。
まずは導入部の―――実際には5分程度かな?―――第一次火星会戦をスポットをオン♪
………………
……て、この程度のモノですが、よろしければm(_
_)m
こんな拙くへっぽこなSSですが、宜しければメールか掲示板にて感想を下さると嬉しいです。
ではでは。