「もしも神がこの世に存在するとしたら、それは未来にしかない」
誰も、自分が正しいのかどうか、本当に知ることなどできない。
全てを知っているものなど、この世のどこにもいない。

『夜明けのブギ−ポップ』(上遠野浩平・メディアワークス) より抜粋


何が正しくて何が間違ってるのか、視点や立場によって、それは変わってしまいます。たいての場合、人は正しくありたい、正しい選択をしたいと願うと思いますが、そうした安心はなかなか得られません。
また、「自分が正しい」と確信してしまったとき、多くの場合人は優しさをうしない、残酷な糾弾者になってしまいます。
神の名のもとに殺人が正当化されたとき、人がいかに残虐になれるかは、歴史が証明してくれるでしょう。

自分の価値観を持って、自分を律していくこと、自分の「正しさ」を持つことは大切なことですが、それが他者への否定や拒絶につながるとき、攻撃性につながってしまうときが、問題だと思います。
誰とでも仲良くしなさいなんて思いません、距離をとって付き合ったり、関わるのを避けるのは構わないのですが、相手のことを否定して、自分の正義を押し付けるのはやはりよろしくないのではないでしょうか。

人類の歴史には「絶対善と絶対悪の戦い」なんてなかった、あるのは主体的な善と主体的な善との争いであり、正義の信念と正義の信念との相克である。一方的な侵略戦争の場合ですら、侵略する側は自分こそ正義だと信じているものだ。戦争が絶えないのはそれゆえである。人間が神と正義を信じているかぎり、争いはなくなるはずがない。(『銀河英雄伝説』田中芳樹・徳間書店)


自分とは違う価値基準で生きている人の存在に、自分と同等の重さがあるということを忘れないようにしながら、自分の価値観を築いていくこと。逆にいえば他者の主張する正義と同等の重さが、自分の中にあるんだということ。
揺るがない自分を育てながら、同時に、柔軟さを失わずにいいと思うものは取り入れること。

さて、私は何が言いたかったのでしょうか?


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