私の言葉が誰かに力を与えるなら、それはその人がはじめから持っていた力なんだ、結局。ただ、それを使ってもいいという後ろ盾をしてやること、言葉にできることはそれだけだ。命令もできないし、逆にとめることもできない。私は言葉を書くことで、彼らに武器を与えているに過ぎない、それをどう使おうがそれは、その人それぞれにかかっている。

「夜明けのブギ−ポップ」上遠野浩平 より抜粋 
言葉













一生懸命考えて、選んで、想いを込めて誰かに送った言葉
でも、それが相手を動かすかどうかは、相手の人の心の中にあるものに共鳴するかどうかが非常に大きなウェイトを占めます。
良かれと思ってかけた言葉も、相手の心に添うものでなかったら、それは生きてきません。
「わかってるんだけど・・・」「それは理屈だよね・・・」っていう風にね。
あるいは「あいつはわかってない・・・」「私の気持ちをわかってくれない・・・」なんて言われてしまうかもしれません、客観的に正論であってもね。
占い師なんかはその道のプロですから、上手に相手の気持ちを聞き出して、それに添った言葉を返します。
後ろ盾・・・まさにその通りだと思います。多くの場合、人が欲するのは、後ろ盾。
これでいい、間違ってない、おかしくない、そういう拠り所ではないでしょうか?

こんな話しが記憶にあります。
浮気の調査を依頼した人は、相手の潔白という結果には不満を持つそうです。「ほんとに潔白なんだろうか?」
相手の浮気の証拠が見つかると、「やっぱり」と納得する・・・。
相手が浮気していないという事実が欲しいのではなく、自分の疑念が立証されて欲しいということだそうです。

誰かの言葉によって後ろ盾を得ると、行動に移すきっかけになります。支えになります。
悩んでいたり、困っている時に、乗り越えたり自分を守ったりするとき、大きな意味を持ってきます。
噛み合った時は、魔法のように力を発揮します。
だからやっぱり誰かに言葉を贈るときは、考えて、選んで、想いを込めます。
その言葉が、相手の人の杖になるように、援護になるように・・・

一方で、違う視点からの意見によって、気付かなかった面に目がいくという要素も大事です。
意に添わないのがわかってても、正しいと思うことを伝えたい。
大切なものを守れるように

そして今日も・・・

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