某美術館を訪れた。
私は知人に誘われ、入館したのだが、
今日が或る企画展の開催初日ということで、その作家が来館し、自ら解説を行っていた。
私はその企画展が開かれていることも、作家当人が訪れていることもまるで知っていなかった。
来日している作家はドイツ人らしく、名前を「ヴォルフガング・ライプ」と言った。
聞いたことのない名前だったが、私が単に無知なのか、
それともその作家自体が無名なのか、よく分からなかった。
暫くの間、作品を無意味に鑑賞していると、
近くに来ていたそのドイツ人作家と私の目とが不意に合った。
それを先に外したのは私の方だったが、
不意の一瞥では、ドイツ人作家は私に微笑を投げたようにも思えた。
「わざわざ来てくれてありがとう。ゆっくり鑑賞してください」。
作家の目がそう言っているように私には感じられた。
ライプとかいうその作家の思いを裏切る形で私はすぐにその美術館を出た。
凍る冷たさの風を受けながら、建物を背に歩いた。
微笑を投げた外国人作家とは今後、もう会うこともない。
ほんの一瞬のこの出会いは、私の人生の中でどのような重みがあったのか、
考えても浮かばなかった。
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