瞳を開くと自室の天井が見えた。
すでに日が落ちているのか、部屋の景色が微かに見える程度の明るさしかない。
夜中に目を覚ますことが多いので暗さには慣れていたヤマトは
その光景に何も違和感を覚えなかった。
どちらかというと、明るい場所よりも落ち着く感じがする。
それは自分の内側に潜む何かと共鳴する部分があるからだろうかと考え、
ふいに心がどこかへ行ってしまうような気がした。
「 _________________________ ヤマト」
誰もいないと思った部屋で自分の名をよばれ、
ズキズキと痛む頭を振り向けるとそこには人の気配があった。
声だけでも判断出来たので誰かはわざわざ確かめる必要もない。
不安定な視界の代わりに彼の気配を捕らえながらヤマトは
ようやく自分の置かれた現状を思い出した。
「 _________________________ 大輔は?」
「第一声がソレかよ」
苦笑しながら太一は帰したよ、と答える。
ほっとした様子でヤマトは再び瞳を閉じた。
完全な闇が訪れる。五感すべてが暗闇を捕らえていた。
それはヤマトにとっては恐怖ではありえなかった。
昔、両親と一緒に暮らしていた時も、一人でいることに慣れてしまった後の夜も、
デジタルワールドで過した日々も。沈黙は常にヤマトの味方だった。
気が付くと自分の手を太一が握っている。指先から伝わる温もりにヤマトは心からの安堵を覚えた。
しばらくの静寂の後、太一がふいに口を開く。
「あいつさ、オマエのこと好きなんだと思うぜ」
あいつって誰だよ、と気だるい声で訴えると大輔だよと答えが帰ってきた。
「‥‥‥ボケたこと言ってんじゃねぇよ」
只でさえ頭が痛いというのにこれ以上面倒なことを言われてはたまったものではない。
だいたいそんなことがあるわけがないだろう。
大輔とはそんなに親しいわけでもないのだし、あからさまな敵意を感じたこともあったし‥‥‥‥
ただ、最近はずいぶんと懐いてくれているようで先輩としては嬉しくもあったりしたが。
それでも大輔がそんな気持ちを持っているとは考えられない。
それにどちらかといえば彼は太一に憧れているのではないのだろうか。
もし、万が一にもそういった気持ちを抱くのであれば、
それは自分ではなく太一に対してのものだろう。
「分かってねーな」
それが甘いんだよ。
まったく、本当に分かっていない。
彼のそういったところも嫌いではないが、
もう少し自分というものを自覚してほしいものだと太一は思った。
特に人から好かれる容姿や、誰にでも優しくする態度というのは考えものだ。
今でさえ自分が握った手はとても頼りなく、何とかしてやらなければという保護欲をそそられる。
だが同時に。
諧謔的な気持ちがあることも否めない。
その衝動は時に自分でも恐ろしく思うほどの影響力を持つことがある。
自分の内側でその思いが止められなくなる。
だから何度も確かめるように。
ヤマトの答えが分かっていたとしても。
ただひたすら求めたくなる。
それがヤマトにとって負担になることだと分かっていても、後先考えずに。
自分がそうやって求めればヤマトが抵抗出来ないということを太一は知っていた。
絶対に差し出された腕を振りほどくことが出来ないから、
そんな弱みを利用して欲望を満たす行為を強いたのだ。
「 _________________________ ごめんな」
額にヤマトの腕を掴んだまま腕を組んだ両手をあて、懺悔でもしているかのように頭を垂れる。
心からの悔恨を伝えたかった。
「もういいよ」
予想通りの答えが帰って来る。だが太一はしばらく繰り返すようにごめんと呟いていた。
そうやっていると、昨日の行為の時よりも一つになれるような気がした。
許しを乞う者と与える者。
ゆっくりと心を一つにして互いの生きている音を聞く。
今はヤマトの心には自分しか映っていない。
家族も世間もすべてない。
今自分達が考えているのは互いのことだけだった。
いつのまにか彼らはこの様な静かな時を共有できるようになっていた。
共に過ごしていた時間がそれを可能にしていた。
太一にとってその事実は何よりも幸せを感じるものだった。
そっと唇を寄せる。
触れるだけのそれに、ヤマトは安らかな笑みを返した。
ゆっくりと再び眠りに落ちるヤマトを見ながら太一は彼の側でずっとその柔らかな髪を触っていた。
彼が完全に眠りに落ちたのを確認すると太一は安堵と呆れの入り混じったため息をつく。
「あんまり心配かけさせんなよ‥‥」
自分に寄せられる好意を全く自覚していない。
誰かに想いをよせられることなど想像もしていないのだろう。
まるでそんな可能性など初めからこれっぽっちもないとでも言っているようだ。
もちろんそんなのはヤマトの勝手な思い込みにすぎない。
実際彼に不埒な想いを抱く者 _____________________
この場合当然自分は省かれる _____________________
は太一の知っているだけでも両指に余る。
太一は先ほどまでここにいた後輩を思い出した。
たぶん、初めは純粋な好意だけを持っていただろう彼の後輩を。
______________________________ でも
おそらく今は違うだろう。それ以上の感情を大輔は持っている。
帰り際の慌てた態度を思い出す。
きっと大輔はヤマトの首筋に残る痕に気付いたのだろう。
それは彼が間違いなく自分だけのものだという証だった。
今ごろオレへの遠慮とヤマトへの想いの狭間でジレンマに陥ってるのだろうと思うと
少し可哀相な気もした。
だが、そのぐらいの牽制は必要だと思う。
人を突き放したりすることが出来ないヤマトのことだ、
もし大輔に想いを打ち明けられたりしたらきっと拒むことが出来ない。
そしてもちろん受け入れることも出来ず、また一人で悩むことになるだろう。
そうやって自分の内に溜めた思いで内側から侵食されていくことになるのだ。
______________________________ 苦しんで
そんなのは耐えられない。
彼ではなく、自分が。
存外打たれ強いヤマトのことだ、
どれほど苦しんで迷っても最後には納得のいく答えを掴めるだろう。
だがそんな彼を見ているのはもう無理だった。
それが回避できる種類の煩わしさなら自分はどれほどの行為だって厭わないだろう。
間違った想いだろうか。
聞かれれば、きっとそれは間違っているのだろうと思う。
だがそれが何だというのだろう。
自分達の持つ至上のモノに比べて何と安っぽい倫理なのだろうか。
まっさきに切り捨てることが可能な常識など太一には必要なかった。
だから容赦はしない。
彼を苦しめる存在は何であれ。
何かと多い苦労を思い太一は苦笑した。
それは彼が今までに見せた表情の中ではどれよりも人間味溢れたものだった。
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