一目見た時から気に入らなかったのだとレギュラス・ブラックは苦々しい表情を
巧妙に隠しながら目の前にいる自分よりも二学年ほど歳上の少年を見た。
あまり手入れのされていない黒い髪にヘーゼル色の瞳が眼鏡の向こうに覗いている。
その瞳に宿る光と自信に満ち溢れた表情を見るだけで彼が凡人とは違う
特異な何かを持っていることが窺えたが、レギュラスにはただ育ちの悪さの証にしか見えなかった。
実際少年の家柄は自分達と比べると随分見劣りするものだった。かろうじて純血と呼べる
範囲に属しているものの、それも本当かどうかわかったものではないと彼は疑っている。
「なんだ、緊張してるのか?」
声を掛けられたレギュラスは隣にいる兄を見た。
彼がこの世で唯一心を許す人物
___________________ シリウス・ブラックが心配そうに自分を覗き込んでいる。
「‥‥うん、少しね」
殊勝な態度で笑みを返すと、彼は一片の疑いもなくその台詞を信じたようだった。
人が良いというか何というか、兄は昔からそういうところがあった。
___________________ それとも身内には甘いだけなのかな?
彼が気に入らない人間には冷たく無関心な態度を取っていた事を思い出す。
兄の信頼の範囲に自分が入っている事はとても優越感を刺激するものだったが、
同じくそこに目の前の少年も含まれていることを考えると手放しでは喜べないものがあるのだった。
レギュラス・ブラックが兄と同じホグワーツに入学したのは、つい数日程前の事だった。
彼の兄、シリウス・ブラックは彼よりも二歳年上だったので、
それだけ早く寮生活をおくっていたが、それはレギュラスにとってなかなか堪え難い事だった。
早くホグワーツへ入学したい、というのがレギュラスがこの二年間切望していたことだった。
生まれた時から共に過ごしていた兄が、自分とは違う場所で自分の知らない世界を
構築している事を想像する度に、レギュラスは焦りや嫉妬といった感情に身を焦がすのだった。
レギュラスにとって兄は憧れの対象だった。それはほとんど信仰に近いものがあった。
シリウスはブラック家の中では随分と浮いた存在で、父や母、
彼自身とはほとんど真逆の価値観の中で生きている人物だった。
両親はそんな兄の事を倦厭していた。彼らが自分達がいかに優れた
血統であるかを語る度にシリウスが反発したからだ。
レギュラスは兄の価値観は相容れないものとして捕らえていたが、
兄自身に対しては両親とは違って理解を示していた。
そして、シリウスもそんな彼に対して深い愛情と理解を示したのだった。
彼らの両親は自身にしか興味を持っていないような人物だった。
家では優等生として扱われているレギュラスでさえ両親の関心をひくのは
彼らの価値観に沿う事をした時だけで、それ以外はおざなりの態度でしか接してはもらえなかった。
両親がそうであるように大方の親戚も似たようなものだった。
だが、彼らはそれを奇異なことだとは思ってはいなかった。
高貴な家に属するということはそういうものだと思い込んでいたからだ。
だから生まれた時から孤独であることは、ある意味ブラック家の宿命のようなものだった。
そんな一族の中で、シリウスは唯一打算なく接してくれる人物だった。
無関心が当たり前の家でシリウスは常にレギュラスに親以上の気配りや愛情を
惜しみなく注いでいた。
レギュラスが ___________________ 彼自身はそうとは気付いてないにせよ
___________________ 少しでも愛情というものを理解出来たのは、
間違いなくシリウスの功績だった。
彼はそれを理解していたわけではなかったが、自分に与えられた安らぎが
兄のくれたものであるという程度の認識はあった。
レギュラスがシリウスに少々行き過ぎた愛情と独占欲を感じるにはそういったわけがあった。
しかし、シリウスがホグワーツへ入学してからは多少事情が変わってきた。
兄は家を嫌っていたからほとんどよりつかないだろうとは思ったが、
夏期休暇まで家を空けるとは思わなかった。シリウスが帰ってきたのは休暇の始まった最初の
二、三日だけで、それ以降は一度として家へと足を踏み入れようとはしなかった。
ジェームズ・ポッターという友人の家へ入り浸っていると知ったのは
二度目の休暇で戻ったシリウスを問い詰めた時だった。
兄の口から語られる他人の話は、レギュラスに不意打ちで頭を思い切り殴られるような
ショックを与えた。シリウスが平常を装って語る口調の中には隠しきれていない
愛情が見え隠れしており、彼はそれを敏感に感じ取ったからだ。
だからまだ会った事もないうちからジェームズに憎悪を抱いたのは彼にとっては
ごく当たり前の事だった。
しかし正面きってジェームズを非難するような事態だけはかろうじて
___________________ ありったけの自制心を使う必要があったが ___________________ 避けた。
だからこうしてジェームズを紹介された今も内心の憎悪とは裏腹に
笑顔で彼と握手を交わすのだった。
それにしても、とレギュラスは目の前で鳶色の髪をした少年と
談笑しているジェームズを横目で盗み見た。
___________________ こんな奴のどこがいいんだろう?
どう贔屓目に見ても造詣の整っているとは言い難い容姿だし、
短く切りそろえてある髪は重力に逆らってバラバラだ。
髪の色は、まあかろうじて及第点といえるが
___________________ それは自分や兄のものと同じ色だから。
だが自分達に比べて何と貧相なことだろう、と彼は思っていた
___________________ 評価できるのはその点だけだ。
「シリウスには似合わない」というのがレギュラスの下したジェームズに対する評価だった。
もっとも、この時点ではジェームズの外見と人当たりの良い態度しか見ていなかったレギュラスは、
これから彼が学生生活を送る間に次第に判明するジェームズの違う部分
___________________ 天才と言っても過言ではない程の魔法の才や、熾烈な性格など
___________________ を知るにつれ初対面の評価を修正することになるのだった。
だが、多少評価に変化があったところで基本的にレギュラスがジェームズを嫌っている
ことに変わりはなかった。それはレギュラスが考えているようにジェームズが
シリウスに相応しいか否かということとは全く関係がなく、
純粋に自身の感情の問題にあったからだ。
結局、シリウスを間に挟んでの二人の対立は避けられないものだったが、
この場合の優劣は自身に分の悪いものになるのだと彼が悟るにはもう少し時間が必要だった。
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