「 から騒ぎ 1 」

    《 戻 》





 リーマス・J・ルーピンは庶民の出だった。 だから、そうでない誰かが評価するモノとは幾分離れたものであるのだろうという自覚はあった。 しかしそれを差し引いてなお彼の下した評価が正しいものだったというのは _____________________ 言われた本人以外の _____________________ 誰もが認めるところだった。
 血統、というものにこだわるのはスリザリン生の専売特許だったが、 目の前に立つ人物を見ているとそれもあながち間違いではないのかもしれないと リーマスは思った。丁寧に梳いた長い黒髪を背に流し、 切れ長な目を細めて周囲を威圧している様は、とても自分などには真似出来ない。 その瞳を正面から見据えると心の中まで踏み込まれるような冷徹さを感じるが、 それは全く美しさを損なうものではなく、むしろ際立たせる種類のものだった。
 それはやはり血のなせる業なのだろうか、とリーマスは考える。 長い間脈々と受け継がれてきた血がそうさせるのだろうか。それとも 生まれ育った環境のせいだろうか。古い、格式ばった伝統が彩る教育の成果なのだろうか。 しかしどちらにせよ目の前の人物はそのどちらも兼ね備えた存在であることに間違いはない。
 とどのつまり「彼女」は誰の目から見ても立派に美人と言える器量と資質を持っており、 しかも今はさらに完璧な化粧とドレスアップを施していたので 非の打ち所がなかったということだった。
「だろ、僕の言った通りだろ?」
 感慨深く自分の世界に浸っていたリーマスの背後からジェームズが得意気に声をかけた。 振り返ると彼はいつも何かいたずらが成功した時に見せるニヤリとした 人の悪い笑みを浮かべながら目配せをした。
「コレもつけてみよう!」
 ジェームズは手にした髪飾りをつけようと手入れされた黒髪に無遠慮に触ろうとしたが、 触れる瞬間彼女にその手を掴まれて手にした髪飾りを奪われた。 不満そうに睨みつけたジェームズだったが、睨みつけられた方はそんな視線を気にもせず さっさと自分で髪に挿した。
「うん、すごく綺麗」
 と、再び初めて彼女を見た時と同じ感想を漏らしたリーマスに対して、 今まで頑なに沈黙を守っていた彼女が初めて口を開いた。
「ふざけるな、コノヤロウ」
 何がいけなかったのかと言えば、外見とは裏腹な言葉使いや、 ひどく不機嫌で憂鬱な口調もそうだったが、何よりも問題だったのは その声質が彼女に不釣合いな低音だということだった。
「謙遜するなって」
 ふくれていたジェームズが途端に機嫌を直し、馴れ馴れしく腕をまわす。
「ホント、すごく綺麗なんだからさ、シリウス!」
 屈託のない笑みで言われて、しかもそれが恐ろしいことに本心からの言葉だというのが 分かったシリウスは低く呻いて天を仰いだ。



 まさか負けるとは思わなかった、というのがシリウスの本音だった。
確かに彼は仲間内では最もポーカーが得意だったし、 例え相手が上級生でも余裕で勝つのが常だった。 だから賭けようか、と持ちかけられた時も安易な気持ちで承諾したのだった。
 少しは怪しく思うべきだったと今ではシリウスも考えていたが、 後から悔やむことというのはその時には分からないことが多いように、 やはり彼も気付かなかった。
 相手がリーマスだということもあった。これがジェームズだったら 何かをたくらんでいることは明白だったので何かしらの手段を講じていただろう。 だが、リーマス相手にそんな警戒など持ったことのないシリウスは 欠片ほどの疑いも持たなかった。
 リーマスはシリウスのことが好きだった。 しかしそれと同じ程度に自分の身も可愛いかったので、 ジェームズからその提案を持ちかけられた時、断れば今度は自分が対象になるのだと悟り、 心の中でごめんねと誤りながらもシリウスを陥れることに全く躊躇しなかった。
 常に勝ちを求めるシリウスとは対照的に、 リーマスは勝負事にはこだわる様子がなかった。また、負けを恐れることもなかったので、 シリウスや、そしておそらくジェームズも正確には彼の実力を把握してはいなかった。 リーマスは二人に比べて資質の点では劣っていた。 だから自分には彼らのような生き方が出来ないということも理解していた。 しかし彼の内面は穏やかな凪のようなものと、鋭く尖り、ささくれ立った棘のようなものとが混沌と していることを彼自身もはっきりと自覚していた。 リーマスが唯一、二人よりも優れていることがあるとすれば、 それは恐ろしいほど客観的に自分を捕らえることができることだった。
 そういった怜悧さというものは時に過信した才能を凌ぐ場合がある。 言ってしまえば、今回のことは全てシリウスの油断から生じたと言っても差し支えなかった。 適当なところで一度痛い目に遭うということは長い目で見れば彼のためになったのだろう。 しかしそれに払う代償はシリウスにとってはかなり大きかったということもまた事実だった。


 ジェームズ・ポッターは娯楽に飢えていた。 彼がホグワーツに来てからというもの年々悪名は高くなるばかりで 今では知らない者がいないほどだった。そのことについて不満はない。 若者らしく自己顕示欲の旺盛なジェームズはそれを好ましく思っていたが、 少しやりにくくなってきたことも認めざるを得なかった。
 グリフィンドールの寮監であるマクゴナガルは、 ジェームズにしては珍しく苦手なタイプだった。 この場合の苦手というのは逆らうことが難しい相手という意味だ。 彼が仕掛けた悪戯の中から彼だけをひょいと掴み上げて吊るし上げる _____________________ と、ジェームズは思っている _____________________ 手並みは教師として素晴らしいものだったが、 それはつまりジェームズにとってはやっかいな相手だということだった。 最も、そんな彼女の鮮やかな手際はジェームズが磨いたといっても過言ではない。 まだ教育者として経験の浅い彼女の才能を、量でも質でも過去最高を誇るいたずらによって 開花させたのは _____________________ 大変不本意なことに _____________________ ジェームズ自身だった。
 後にこの事実を知った赤毛の双子や、自分の息子たちから尊敬と非難を 一身に浴びることとなるジェームズだったが、 そんなことは今の彼には知りえないことだったし、 また、どうでもいいことだった。
 とにかく、そういった日々の牽制の中でこれ以上やるとまずい、 といったボーダーラインぎりぎりのところまで来てしまったのでしばらくは おとなしくしていなければならないと自重しているのだが、 そんな生ぬるい日常で満足出来るほどジェームズは穏やかな性質ではない。


 学校主催の仮装パーティーがあると聞いたのはそんな時だった。 面白そうだな、と屈託なく笑う友人たちの隣で彼らとは別の意味で面白そうだなと 呟いたジェームズに気付いたのはリーマス一人だった。また悪いこと考えてる、 と言われ、しかしその通りだったので否定もせずにリーマスに話を持ちかけた。
「女装ってオトコの浪漫だと思わない?」
 もちろん言った方も言われた方もそんなことがオトコの浪漫などとは 露ほども思ってはいなかったのだが、意図は十分すぎるほどに伝わった。 そしてそんなとんでもないことを無理にでも納得させられる人物には一人しか 心当たりがないということに思い当たり、それぞれがそれぞれの利害に折り合いをつけ、 協力してもう一人を落としいれたのだった。



 シリウスがこんな馬鹿馬鹿しい仮装をさせられたのにはこんな経緯があった。 結局ジェームズのいい暇つぶしにされたのだと分かったシリウスは 初めこそ癇癪をおこして怒鳴り散らしたりもしたのだが、 約束は約束だよとリーマスに言われたり、演技とは分かっていても殊勝な態度で 「駄目なのか」とジェームズにねだられると嫌だとは言えなかった。 彼はとても身内には甘かったし、その中でも特にジェームズには甘かった。 最近意に反した行動の制限によるストレスで、不貞腐れながら自分のベッドへ 転がりこんでくる彼を連日慰めていたシリウスにも _____________________ もちろん彼の打算的なところで言えば願ったり叶ったりなことなのだが _____________________ 少しは考えるところがあった。いつも無駄に元気なジェームズばかりを見ているので、 そんな気弱なのは似合わない。結局のところ少々扱いに手こずりはしても彼らしいのが 一番自然であり、また、シリウスとしてもそんな彼のことが好きだったので 多少のことには目をつぶって協力してやろうという気にもなるのだった。

 しかし、シリウスにもプライドというものがある。
 一度は納得して引き受けたものの、コレを着ろ、 と女物のドレスを差し出された時には本気で死んでやろうかと思った。 だがそんな情けない理由で死んだら死んだで、末代までの恥さらしになるのは 目に見えていたので泣く泣く自尊心を押さえつけたのだった。
 ところでリーマスは初めのうちこそシリウスに悪いと本気で思い、 なおかつ彼に同情したりもしていたのだが、実際に彼に服を着せる段階になると 一番張り切っていたのは誰でもなく、彼だった。
 元々シリウスの髪を切ったり _____________________ 魔法を使えばいい、 という周囲の意見は事細かに注文をつけるシリウスの煩わしさにより断念された _____________________ ジェームズが外出する時の服装を見繕ったりしていたのはリーマスだった。 そんなリーマスのことを甲斐甲斐しいなと思っていたシリウスだったが、 あれはただの趣味だったのかと些か認識を改めた。
 それが本当にリーマスの趣味かどうかは彼があまり自分のことを語らないので わからないままだったが、少なくともシルクのドレスを抱えながら「これ、すごく似合いそうだよ」 と持ってきた姿はどれほど贔屓目に見ても楽しんでいないとは言えなかった。
 これでもか、というほど落ち込んだシリウスだったが、ある時を境に _____________________ リーマスの証言によれば女装姿で談話室に行き同級生に熱烈に口説かれた時から _____________________ 手のひらを返したように開き直った。プライド云々のことを抜かせば、 彼もジェームズと同じいたずら好きの少年だったので、 こうなれば今の状況を楽しんでやろうとでも思ったのかもしれない。 自分も仮装するために狼の耳をつけて「人狼の真似」というかなり趣味の悪いジョークを とばしながらジェームズの隣にちょこんと座ったリーマスは すっかり悪巧みをしている顔になっているシリウスを遠目で見ながら お手製の耳や尻尾をさわって「ホンモノもこれだけフワフワだといいのに」とぼやいた。


 一度開き直ったシリウスの徹しかたはこれ以上は望めまいというほどに完璧だった。 元から自分の容姿には自身があるタチだったし、育ちの良さもあって立ち居振る舞いなどは 身についている。ホグワーツに来て以来一度として発揮されることのなかった 「名家」という肩書きをこれでもかというほど見せつけ、 好き放題に振舞う様にはジェームズですら呆れ果ててしまうほどだった。
 つまり、シリウスは始まりはともかく、今現在は完全に楽しんでいたのだった。
だから、それは割と本末転倒であることに本人は気付いていなかった。 シリウスが楽しんでいくにつれて不機嫌になっていくジェームズを爆弾でも 抱えているような気持ちでリーマスは見ていたが、 当のシリウスは全くそれに気が付いていなかった。
 大広間の壁にもたれかかり、リーマスの偽の耳や尻尾をひっぱったりつねったりしながら ジェームズは不満だ、不満だと子供のように駄々をこねた。相手をしてもらえなくて寂しいの、 とリーマスは聞いたがジェームズは少し迷った後に違うと首を振る。 虚勢を張っているようにも見えないのできっとそれは本当なのだろう。 何せ彼らは普通の友達同士とは少し違う特殊な間柄なのだから、 そういうこともあるのだとリーマスは分からないなりに納得した。


 しばらくは面白くないなとあての無い愚痴をぶちぶち溜め込んでいたジェームズだったが、 そのうち何かものすごく珍しいものでも発見したように急に目を輝かせた。
「どうかしたの?」
「うん、遊んで来る!」
 それじゃあ答えになってないよ、とリーマスは思ったが、 ジェームズが嬉々として駆け出して行った方向を見てなるほど、と頷いた。 確かに彼ならシリウスとは違って、からかいがいもあるし、 理想の反応も返ってくる絶好の遊び相手だろう。しかし本人がそれを喜ぶのかどうか、 と首を傾げたリーマスだったが、これ以上ジェームズの機嫌が悪くなるのは 避けたかったので彼なりの優しさと打算で放っておくことにした。


 面倒なことにならないといいのだけれど、と予感するリーマスの勘は あまり外れることがないのが、本人にとっても悩みの種だった。








 長くなったので半分くらいのところでちょんぎってみました(2回目)。 相変わらず余計な事をごにょごにょ書いていうちに前半が終わっちゃってるのが何とも。
 シリウスは貴族出。後の二人は庶民。これがうちの基本設定。



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