彼は多くの生徒が楽しんでいるこのパーティーの中で唯一沈んだ表情をしている生徒だった。
普段着用しているマントに申し訳程度に赤いリボンを何本か巻きつけ仮装という体裁を繕って
壁際につまらなさそうに立ちながらバタービールをあおっている。
悪ふざけを純粋に楽しむことの出来ない彼は、しかしそれでも監督生という立場上
欠席するなどということは考えもせず律儀に参加し、早く終わればいいのにと心の中で
何度も繰り返しながら時間が過ぎるのをひたすら待っていた。
ジェームズが声をかけたのはそんな彼の退屈がピークに達しようとしていた時だった。
「やぁ、セブルス。こんな楽しい夜に一人かい?」
馴染みのある自分の名前を癪に触る声で呼びかけられたセブルスは不機嫌さを隠そうともせずに
ジェームズに視線を向けた。しかし、彼が普段の制服ではなく、
糊のきいたタキシードを着ている姿を見て驚いて目をむいた。
「 _____________________ 似合わないな、ポッター‥‥」
「‥‥うるさいなぁ」
珍しく渋面になって反論したジェームズにセブルスは小さく忍び笑いを漏らした。
「なるほど、図星というわけだ」
「こんなの着るの初めてだからさ、どうにも慣れなくてね。まったく堅苦しくていけないよ」
少し大きめのタキシードについて文句を言うのを横目で眺めたセブルスは、
彼を相手にするには珍しく穏やかな気持ちになった。
確かに正装に威儀を正した姿はジェームズには似合わなかった。
慣れないせいかどこか動きもぎこちなく、たどたどしい。
普段はあまり手入れのされていない髪も珍しくまとまりがあるが、
本人はそれが気に入らないのか動物が水を撥ねるように何度も頭を振る。
そんな中身とのアンバランスさで間違っても「その格好が似合っている」とは言えなかったが、
セブルスには何故かそれが好ましく映った。
「ところでおまえの格好って何の仮装なんだ?」
見とれるようにジェームズに視線を合わせていたセブルスの表情がさっと赤くなった。
「べ、別に‥‥」
「別にじゃないだろ!ちゃんとここに入ってくる前に登録した名前があるだろう!」
ホールに入る前に自分の格好の説明をする、というのが慣例だったので確かに
「何でもない」という理屈は通じなかった。しまった、と舌打ちするセブルスにジェームズは
「ちなみに僕は『王子様』だ!」と意気揚々と話す。タキシード姿のどこが王子様なのだろう、
という疑問が脳裏をよぎったが、すぐに混乱する思考の中へ埋没した。
「で、おまえのは何?」
「 _____________________ 貴様には関係ない‥‥」
「じゃあいいや。誰か知ってる人がいないか聞いてまわろう」
「な、何っ?!」
そんなことをすれば物珍しさから注目を浴びるのは必然だった。
せっかく目立たないように地味で当たり障りの無い格好をしてきたのにと慌ててジェームズを
引き止める。
「で、何なんだ?」
さも話すのが当たり前だと言わんばかりのジェームズの態度にセブルスは顔をしかめたが、
しぶしぶ小さな声で「ヴァンパイア」と答えを返した。それを聞いたジェームズは首をひねり、
もう一度上から下までセブルスを見る。
「絶対、それ違うって」
「‥‥別におまえたちのように張り切っているわけじゃないからな」
フンと、興味なさそうにそっぽを向いたセブルスにジェームズは急にニヤリと笑って
彼の腕を掴んだ。
「踊ろう!」
「‥‥何だと?」
いいじゃないか、どうせ暇だったんだろうと言われれば、それが事実かどうかは関係なく、
そんなことはないと反論してしまうのがクセだったので今回もつい反射的に否定の言葉を口に出した。
だがジェームズは予想通りの反応だと言わんばかりに頷いて、
しかし掴んだ手を離すつもりもないらしく、
ぐいぐいとホールの真ん中へセブルスを押しながら進もうとする。
初めは何の冗談を、と思っていたセブルスだったが、
ここにきてやっと彼が本気だということが分かり必死になって抵抗を続けた。
嫌だ嫌だと喚くセブルスにジェームズは唐突に腕を離す。
「まったく強情だな」
「ふざけるなっ!だいたい貴様が‥‥」
身勝手な行動ばかり、と続けようとしたセブルスの言葉を強引な口付けで塞ぐ。
一瞬目を白黒させたセブルスだったが咄嗟にジェームズの体を引き剥がした。
「な、何をっ‥‥」
「愛してる」
言葉の意味を理解した途端に硬直したセブルスに、もう一度今度はゆっくり唇を寄せる。
軽く触れても、もう抵抗はしない相手にいつもより幾分真剣な視線を合わせたジェームズは、
次の瞬間それまでとは全く種類の違う不敵な笑みを浮かべた。
「 _____________________ なーんてね」
芝居がかった動作を急にかなぐり捨てたジェームズの変わり身の早さについていけないセブルスは、
頬を紅潮させながら口をパクパクさせた。リーマスが近くにいたら
「金魚にそっくり」と笑いながら自覚なしに止めを刺されたことだろう。
「きっ、きさ‥キサマっ‥‥」
ケラケラ笑いながらセブルスの手を取ったジェームズは広間の中央に躍り出た。
突然の行動に抵抗も出来ずに、わぁっ、とかなり情けない悲鳴を上げたセブルスだったが、
もちろんジェームズは全く意に介さず彼の腕を取ってデタラメに踊り始める。
「ポッターっ!!」
「あはははー、楽しいだろ、セブルス!」
ぐるぐると回りながら楽しそうに笑うジェームズたちは、当然周りからの注目を浴びた。
赤くなったり青くなったりしながら、踊っているというよりも踊らされているセブルスに、
周りの、特にスリザリン以外の寮生は心おきなく笑い、
当のスリザリン生達も意外に面倒見の良い無表情な彼らの先輩の滅多に見られない姿に
心の中で謝りつつも笑いを堪えることができなかった。
広場の隅から「何やってるの、もう」と呆れた響きを含んだリーマスの声が聞こえてきたので
ジェームズは声のした方向に向かってセブルスの肩を叩いて押しやった。
「ほーら、リーマスあげるよ!」
「 _____________________ なにっ、あ‥うわぁ」
ぐるぐる回され続けて息切れをしているセブルスをぽいっ、
とモノのように投げると、リーマスは上手に片手でセブルスの腕を掴み受け止めた。
頭上の耳と背後の尻尾がふわりと揺れ、反動で髪や服を揺らしたが、
すぐに所定の位置に納まった。
「じゃあ続きは僕とね」
「‥‥っ、ルーピンっ!」
ふざけるな、と一括する間もなくリーマスは彼の手を取り踊り始める。
ジェームズに比べればかなりおとなしい踊りだったが、
それでも主導権を彼に譲る気は毛頭ないらしく、勝手気ままにセブルスを翻弄した。
グリフィンドールとスリザリンの生徒、
それも水と油ほどに性質の違う二人が楽しそうに踊っている姿は
引き続き周りの注目を彼らに移行させた。
すでに彼らは _____________________ より正確には無体な
扱いをうけている幸薄いスリザリン監督生は _____________________
ホールの主役となっていた。
自身は注目から外れたものの、ジェームズは先ほどまでとはうって変わって
満足そうな表情を浮かべて近くで踊り続ける彼らを腹を抱えて笑いながら観賞していたが、
しばらくすると喧騒の中に二人を置いてするりと人の輪を抜けた。
ざわめきの治まらない中心から人の少ない壁際まで移動すると、
ジェームズは適当な机の上から手にとったバタービールを一気に飲み干した。
騒動の余韻の笑いを何度か噛み締めた後にああ楽しかったと呟き、
柱にもたれかかって目を閉じる。そしてそのまま何度が深呼吸をした後、
ゆっくりと彼が普段当たり前のように持っている気配を _____________________
特に周りを振り回すたぐいの起伏が激しく騒々しい気配を _____________________
内から排除した。
不思議なことに、いつもは何をしていても誰かしらの注意を引くのが当たり前な
ジェームズだったが、この時ばかりはその場にいる誰もが彼に気を払わなかった。
それは周りの喧騒がどうだというのとは関係なく、
純粋に彼の意思のみによって支配されたものだった。
ジェームズはたまにこうして気配だけを消して人の中にいることがあった。
そこに居ることさえ悟らせず、いつもの鬱陶しいほど騒々しい彼からは想像がつかない
静謐に身を置くことがあった。ひとたび彼がそうなってしまえば注意を払う者は誰もいない。
存在すら気付かせもせずに、ただ周りの風景の一部となる。
だからジェームズを探している者は、彼が再びその気になるまで待つしかなかった。
だが一人だけ、そうして静かに気配をまぎれさせていたジェームズに気付く者がいる。
どれほど気配を紛らわせても、どれだけ周囲と同化しても普段と何ら
変わりなく彼を見つける人物がいる。
だから、突然背後から腕を掴まれ物陰に引きずられた時にもジェームズには
それが誰だか分かっていた。普段より幾分強引で容赦がなく、
途中で「シリウス?」と声をかけてもまったく無視されたが、
そうなった時ですら相手が彼だということに全く疑いを持たなかった。
怒らせたかなと思ったジェームズは _____________________
しかし今ではそんなものは全く怖くはなかったのだが _____________________
下手に抵抗すると後で自分の身に厄介な形で降りかかってくることが分かっていたので
乱暴に自分を扱う腕に逆らうことなく身を預けた。
シリウスは無言のままジェームズを近くの空き部屋へ連れ込むと、
何の前触れもなしに彼を抱き寄せた。シリウス、
と何度も問いかける声に耳を貸さずに黙ったままジェームズの首筋に顔を埋め身動き一つしない。
彼がそういう、何の説明もなく唐突に相手を求める態度をとる時は、何らかの激情に
襲われている時だということをジェームズは知っていた。心の中を好き勝手に蹂躙する、
飼いならすのがひどく困難で気まぐれな感情をどうにか堪えるために
じっと耐えているのだということを理解していた。
でもシリウスは優しいから、時に堪えきれずに表へ出る時も今のように
ギリギリのところで何とか踏みとどまっている時も、いつも一人で何とかしようと必死だった。
そんなの、僕にあたればいいのに、とジェームズは思う。どれだけ乱暴にされても、
手荒く扱われても、彼の熱く優しい部分を知っているから平気だと思った。掴まれた腕が痛い。
しかしそれを離されれば置いていかれたような心細い気分になることが分かっていたので、
未だ微動だにしないシリウスに身を持たせかけて彼の心が戻ってくるのを待った。
抱きしめられた腕はシリウスにしては珍しくあまり手加減がなかったが、
その分余計に全身で彼を感じることができた。服越しにでも分かる鼓動や熱が、
それが性的な意味を持っていないのにも関わらずそうである時と同じように
ジェームズの意識を現実から引き離した。
こうしていると、どれだけ外見を綺麗に着飾ってはいても、
彼はやはり女には見えないものだなと思う。確かに、自分を掴んだ腕や、
抱き込まれた胸は均整のとれたしなやかな筋肉がついていて、
どう見ても女と間違えるはずもなかった。特にこれといったスポーツもやっていないのに、
クィディッチで日々鍛えている自分よりよっぽど理想的な体躯で、それを忌々しいと
_____________________ あまり認めたくないことだが、思ったことは一度や二度ではない。
しかし、そういう彼との違いをはっきりと自覚させられて尚、
シリウスに抱きしめられるのをジェームズは嫌だと感じたことはなかった。そして多少の嫉妬を含んだ気持ちのまま
不安になるような、高揚するような、わけの分からない眩暈に襲われるのだった。
「ジェームズ」
いつも通りの耳に心地よい低音で名を呼ばれ、顔を上げてシリウスを見上げると彼は
怒ったとも困ったとも取れる、何ともいえない複雑な表情をしていたのでジェームズは
思わず笑い出した。
「 _____________________ おい‥‥」
「あぁ、ごめん」
まだ笑いを浮かべたまま謝るジェームズに、
シリウスは業を煮やたように唇を重ねた。舌を差し込み内側を探るとジェームズも
すぐにそれに答えて舌を絡ませた。
「んっ‥‥」
小さく喉を鳴らすと煽られたように口付けが深くなる。
何度も触れたり離れたりする合間に繰り返し呪文のように名前を囁かれ、
ジェームズは次第に芯からじわりと高まる熱を感じて身を震わせた。
気が付けば体からはすっかり力が抜けてシリウスに支えられるままになっている。
それでもまだ何もかも忘れるほどに没頭する熱さには足りなくて、
ジェームズは先を促すようにシリウスの背に手を回した。
「オマエが悪いんだからな」
拗ねた口調で言い訳めいたセリフを言い、シリウスはようやくジェームズを離した。
腕の中で小さく身じろぎしたジェームズはきょとんとした表情でシリウスを見上げる。
何を悪いと言われているのか心あたりがない、とでも言わんばかりの表情にシリウスは、
セブルスなんかと楽しそうにしやがってとフイと横を向く。
途端にジェームズがニコリと笑ってしがみ付いた。
「うん、じゃあ僕が悪いってコトにしといてやるよ!」
「‥‥何だソレは」
呆れたようにため息をつくシリウスに今度はジェームズから口付けた。
さっと触れるだけで身を引き、すぐにまたシリウスと視線を合わせる。
「しようか?」
「この格好でか?」
自分の姿を改めて自覚したシリウスはげんなりとした表情を浮かべたが、
「こういうのもトーサク的でいいだろう」とジェームズに言われてそんなものかと
納得することにした。何せ腕の中の人物ときたら、
ここ最近では見られなかった満足気な表情で笑っているのだから、
他のことはどうでも良く思えてしまうのも仕方が無いと言い聞かせる。
振り回されてばかりの自分に、最後まで彼には勝てないのだなと思いながらシリウスは
ジェームズの眼鏡を外して床に放った。こんなにも馬鹿馬鹿しい毎日にすら心が躍るほど、
彼に溺れているのだという自覚が、情けないほど必死で愚かな自分を浮き上がらせる。
でもそれでいい。
情けなくても、必死でも、彼を知る以前に比べれば比較にならないほど楽しい毎日なのだから。
もう二度と、それ以前の退屈な日々に戻るつもりはない。
だから、しばらくは都合の良いワガママさを許してほしいとシリウスは滅多に祈らない神に祈
りながら、彼を抱く手に力を込めた。
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