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作成日  25/5/2021
駒場補助用水・・・「こまんば誌」「高岡村誌」より引用

  駒場地区の農業は、枝下用水・補助用水・金山揚水の開鑿のおかげで発展することができたが、それには大変な苦労と関係者の協力があった。昔の駒場地区は、灌漑用の水を確保するのに苦労した地域のひとつであった。西用水路が駒場の下馬まで開通しても、上流に配水地区が増えたり配水時間などにより充分な配水は得られず問題は深刻であった。
これを補うため農民らは枝下用水管理者の井深基氏や明治用水管理者の脇屋義純氏に嘆願した結果、井深氏が同情し私財を投じて逢妻男川の千鳥橋付近に堰をつくり、ここより(写真は取水口)取入れ若林-北中根-花園を経て駒場地区専用の補助用水を開鑿することになった(明治41年に着工し明治43年に完成)。しかし、完成してからも取水口から駒場までの距離は、3,000間(約5.4km)もあり、高低差はわずかしかなく押し水で流れは悪く途中で水漏れなども起き水量の確保のため管理も大変苦労をしたことが伝えられている。
そして昭和56年県営圃場整備事業完了により、枝下用水の幹線も整備されこれらの水源転換で補助用水は廃止され、今はところどころにその跡が見られるだけとなっている。このことを後世に伝えるため、駒場町の神明社境内には「万世之利」の石碑が建てられている。

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