ジャイナ教 ジャイナ教
 ジャイナ教はヴァルダマーナ以前に23代の師たちがいるという伝承があるそうです。伝承の真偽のほどはともかく、思想というものがすべてそうであるように、彼の考え方も突然生まれたものではなく、以前からある考え方、「ニガンタ(束縛を離れたもの)派」の継承発展だということです。
 仏教と多くの面で似ている、共通の伝承や教えがある、といわれるジャイナ教ですが、仏教の唯心論に対してその思想的特徴は二元論と「相対主義」です。精神的には、仏教が「苦」であるのに対して「悲」ではないかと思います。それが極端までの生類への慈悲に現れています。昔の神道的日本人と同じように万物万生に霊魂の存在を見ています。
 仏教は苦行を否定しますがジャイナ教は厳しい苦行生活を実践したといいます。断食死の崇拝もその厳しさの表れでしょう。後に白衣を許す白衣派裸形派に分かれましたが、ヴァルダマーナが完全裸体主義が推奨したのは無所有の実践でしょう。裸形派の僧侶は現代でも裸体だし、マスクをして、間違って口の中に入った虫を殺さないようにしているということです。
 しかし、ジャイナ教はカースト制度に反対しなかったということです。アートマンの不滅輪廻転生を承認しているからでしょう。そのために現代までインドに残ることができたのかもしれません。
ジャイナ教の時空間図
  四隅に解脱した聖者が座しています。
  解脱した聖者の霊魂は時空の外縁の静寂境に住むようです。
相対論や原始論など、ヴァルダマーナはきわめて理知的な人だったようです。理知的な人ほど現世否定の心が強いようで、現代の裸体主義者にもいえます。

裸形派には一切を捨てて裸の自己に帰ろうという強い意志を感じます。

釈迦が穏健な生き方を推奨したのは、過激さはかえって苦の元になるからでしょう。人に苦痛を与えるのも避けるべきだと考えたのでしょう。裸体は人にいい感じを与えません。そこに白衣派の誕生する意味があったと思われます。

仏教とジャイナ教の間には、霊魂に対する考え方の違いなどから、僧侶の移動などの交流があって、思想が混合していても不思議はないように思われます。これは仏教とジャイナ教の間だけでなく、インド思想全体にいえることでしょう。