2007年10月
07.10.25
意思表示
 
  昔、「職業として走行している車には、そうでない、たとえば行楽の車は道を譲るべきだ」
  という意見を読んだことがある。
  また、「現在の車は、後続車とのコミュニケーション方法が不十分で、せいぜいストップ
  ランプ、ハザードランプ、ターンシグナル、片腕ぐらいしかない。一考の余地がある」という
  意見もあった。
 
   先日、高速道路を長時間走ったとき、右に左に車を抜いて急いでいる長距離トラックを
  何台も見た。「たいへんだなぁ、ご苦労様」と都度、レーンを譲った。譲らない車もいた。
 
   そこで考えたのだが、本当に急いでいるのなら「自分は急いでいる」ことを後続車に
  知らせれば、誰もが快く道を譲ってくれるのではないか、と。
 
   その意思表示の方法として、どこかの会社だか研究所が開発している先端技術を応用の
  「車々間通信システム」も結構だが、原始的に車の後部に「スミマセン、理由(わけ)あって
  急いでいます」という貼り紙をすればどうか。
  「貼り紙をする車が増えてしまうと効果がなくなる」かもしれないが、そこはそれ「本当に
  急いでいる」と分からせるように工夫する。たとえば、手書きでいかにも臨時に貼ったと
  いうようにガムテープで留めるとか。
 

   後続車は、ターンシグナルとともにこの貼り紙をみて「本当に急いでいるんだな」と
  思えば、前のレーンに入れてくれるはず。
  ま、母キトクとか、活魚が全滅するとかの非常時に限られるが、パトカーにも見つけられや
  すいので、捕まらないような走行をしなければならない。
 
   だが、今までこのような貼り紙の車を見たことがない。「そんなコッパズカシイことが
  できるか」ということかもしれない。一度マイカーで効果を確かめてみよう。
  ご意見番に言うと許可がおりないだろうけど。
 
07.10.23
男の気概
 
  川北義則著の「男はちょっと硬派がいい」(三笠書房)の中に、
 
     いま国民の最大関心事は「年金問題」らしいが、国民の大多数が老後の心配を
    している社会とは、男としてこんな情けないことはない。
 
   というくだりがあった。読んでハッとした。
 
    年金の記録不備とか横領とかの「問題」があるから国民の最大関心事になったので
   あるが、そういう風潮に流されて、前向きの「男の気概」を忘れたままではいけない、
   と思った。
 
   また、同書はこのようにも述べている。
 
     日本の将来についてアンケート調査をすると、「暗い」とか「希望が持てない」と
    答える人が多い。
    年金破綻、少子化、格差社会、国の多額の借金などがその理由だ。
     しかし、これらは一面的な見方に過ぎない。
    「なぜ不安だ、希望が持てないというのか。戦前、戦中、戦争直後には不安は
    なかったのか。そんなことはない。今のほうがはるかにいいはずだ。いまの日本は
    戦後の焼け跡からスタートして700兆円の借金を作ったが、1400兆円の金融資産を
    築いた。だから、社会全体でみれば金融資産も借金も引き継ぐのに、借金だけ
    引き継ぐようにいうのはおかしい」。これは、経済企画庁長官を務めたこともある
    作家の堺屋太一さんの意見である。
     本当にそうなのだ。したがって、私は日本の将来をそんなに心配していない。
    実態の悪いところだけ見るのではなく、多面的にみなければならない。
 
   これも、そうだ、と思った。
  「前向きでたくましい「男の気概」を持つとともに、プラス思考をする。」
  これが多分いつの世でも、気力の持ち方の正解であろう。

 
07.10.19
顔を上げよ
 
   例えば、古くは東大安田講堂事件(*1)、あさま山荘事件(*2)、新しくは愛知
  長久手町立てこもり発砲事件(*3)などでの犯人の最後の態度はナサケナイと思う。
  おめおめと両手を挙げて投降してはいけないのだ。
   深刻な社会問題を引き起こしたとか、人を殺害した場合は、警察に捕まる前に
  自ら死ぬべきだと思う。(このことは「詩の力2」の主旨とは矛盾しない)
 
   このたびのボクシングの斉藤--亀田戦で、亀田側が反則行為をしたことで
  謝罪会見をした。
   その際、亀田選手とトレーナーの父親は終始、下を向いたままだった。
    
 
   この問題の場合、死ぬ必要はないが「顔を上げよ」と言いたい。
 
   自分らがしてきたことが間違っていたにしても、こういう会見の場では毅然とするものだ。
  それが潔いというものだ。責任をとるとはそういうことなのだ。
 
   スポーツは、そういうことを学ぶためにするということを今からでも知ってほしいと思う。
 
   以下、wikipediaから抜粋。
  *1:東大安田講堂事件(とうだいやすだこうどうじけん)とは、1969年(昭和44年)1月
    18日、19日に、全学共闘会議(全共闘)が占拠していた東京大学本郷キャンパスを
    警視庁が封鎖解除を行った事件。東大安田講堂攻防戦とも言う。
 
   *2:あさま山荘事件または浅間山荘事件(あさまさんそうじけん)とは、1972年2月
     19日に始まる、長野県軽井沢町にある河合楽器の保養所「浅間山荘」において
     連合赤軍が起こした事件。

 
  *3:愛知長久手町立てこもり発砲事件(あいちながくてたてこもりはっぽうじけん)は、
     2007年(平成19年)5月17日から5月18日に掛け、日本の愛知県愛知郡長久手
     町で、男が元妻を人質に取って民家に立てこもった事件。発生から解決まで
     約29時間に及び、警察官1人が殉職、男の家族と警察官1人が負傷した。

 
07.10.17
道路の
後退
 
   家の近所に写真のような看板が立った。
  
 
   「道路を後退する工事とはどういう工事かな」と思う人は多いと思う。
  試しにご意見番に聞いたら「分からない。でも、あそこだけ狭いから広げるんでしょ」と。
  
   建築基準法からきている言葉だが、法律用語をそのまま看板に書くのではなく、
  「道路を広げる工事」または「道路の拡幅工事」等とホンヤクして書けば

  知らせる対象の人(=納税者)には、よほど分かりやすくなる。
  
   なぜ、これくらいのことに当事者は気が付かないのだろうか。
 
07.10.10
詩の力2
 
  以前に「詩の力」で、 おやよりさきにしんではいかん(糸井重里) の詩を載せたが、
  ”今回はゴタクを並べないほうがよいと思う”と、詩を載せた理由を書かなかった。
  10月6日の朝日新聞文化欄にその「代弁」をしてくれている記事があった。
 
   理由があって、切羽詰って死を見つめる子供や大人の中に、これらの詩を読んで
   「また生きていこう」という人が1000人以上もいるらしい。
 
 

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 「一編の詩があなたを強く抱き締めるときがある」・・・
  詩の力は大したものなのだ、と改めて思う。

だから、多くの人に読んでほしいと思う。

0710.07
墓参りと

エクボ
 
  帰郷し、「母へのお詫び」で決めていた、墓参りをした。
  母へ感謝の気持ちを表したことがなかったことを詫びた。
  涙が出そうになったが、ひとりではなかったので堪えた。
 
   帰り道、兄夫婦、叔母とともに家庭料理レストラン「エクボで会食した。
  有機栽培の野菜などを使ったオフクロの味を、バイキング形式で堪能した。
 
   テーブルにアンケート用紙があったので、
   ・煮付けや雑炊、イカの刺身などすべてが絶品であったこと
   ・料理ができあがるたびに女性店員のアナウンスがよかったこと
    (そのたびに熱々を食べ、腹パンに)
   ・女性店員(ばかり)が全員美人ぞろいであること
  を書いて出した。
 
   帰宅したら、もう礼状のハガキが届いていた。
  「食は命」というこだわりとともにお客への気遣いに感心した。
 

  そこで、「帰郷の楽しみが増えました。私のホームページにエクボのことを
  載せるので見てください」と返事を出した。
 
   このレストランへ行くことになったのは偶然なのだが、
  もしかすると母が教えてくれたのかも知れない、とは思い過ぎか。



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気まぐれダイアリー

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