自分の名を呼ばれる声でシリウスは目を覚ました。
目を開けるとジェームズの人懐っこい双眸がじっと自分を見ていたので、おはようと声を掛け、
手を伸ばして彼の首の後ろをやんわりと引き寄せ唇を重ねた。
軽く触れたと思った唇はいつものようなじゃれ合いもなくすぐに離れたのでシリウスは
不満そうな表情を作ったが、ジェームズはそれを見ると呆れたような顔をした。
「掃除の最中に昼寝なんていい身分だね、シリウス」
「‥‥掃除?」
辺りを見ると、そこは見慣れた自分のベッドではなく、先程罰を命じられた倉庫の片隅だった。
そういえば半分まで掃除をしたところで面倒になって寝てしまったのだと
マクゴナガル先生に知れたらさらに説教を受けそうな事実を思い出した。
「まだ半分残ってるんだった‥‥」
「そんな事だろうと思ったよ」
僕は自分の分はもう終わらせたから、とジェームズは言ってシリウスの隣に腰をかけた。
「早くキミも終わらせたら?」
掛けられた声には、そうだなと曖昧に返事をしたシリウスだったが、
相変わらずやる気は起きないのでその場から動こうとはしない。
ジェームズもそれを咎めるでもなく、黙って隣に座ったままでいた。
人通りの少ない裏寂れた場所にある倉庫には周囲の喧騒は伝わっては来なかった。
自然の刻むゆっくりとしたリズムだけがささやかに音として知覚されているのみで、
互いの呼吸さえも聞こえない。普段は他人が迷惑に感じるほど喧騒の真っ只中に身を置くのを好む
二人だったが、時折こうして静けさの中に身を浸すことがあった。それは二人にとっては
貴重な時間だった。
シリウスは彼と過ごすこの静かな時間を好んでいた。
気の向くままに悪戯をして騒ぐのと同じような、ある意味ではそれ以上に好きだと言える
時間かもしれなかった。
近くにいられる気がするのだ。
心が互いに寄り添うような感覚が、ごく自然に彼らの周りを取り囲み、
思いがけず満たされた気持ちになるのだった。
精神的なものを重視するにはあまりにも若い彼らだったが、
それでも時折不意打ちのようにやってくる時間を見過ごす事はしなかった。
今のような、まさに今この瞬間のような穏やかさは、どちらの心も癒し、
同時に愛おしさをも増幅させた。そしてシリウスはそんな穏やかな時間の後には必ず
彼に触れたくなった。心が満たされれば次は、という些か即物的な思考は、
やはり彼の未熟さ、幼さから来るものかもしれなかった。
だから、もしそういう想いが自分だけのものなら、触れたいという気持ちを抑える事になるのだろうと
シリウスは思った。
しかし、こういう時はジェームズも「そういうつもり」になっているのだと
シリウスは彼との付き合いの中で知っていた。視線をやるとジェームズは正面を向いたまま
表情を変えずにじっとしていたが、片手を彼の手に重ねるとシリウスの方に向き直った。
何も言わずにシリウスを眺める視線に体の芯が熱くなった。
普段は割と強引な誘い方をするジェームズが、こういう消極的なやり方をするのは、
初めてではないにせよ珍しいことではあった。ためしにその気でないフリをしてみると、
彼の方もそれ以上は押してこようとはせずにあっさりと引くので、
逆にシリウスの方が慌てたこともある。嫌ならいい、という淡々とした態度だったが、
シリウスがジェームズの誘いを拒んだ事は一度としてなかったし、今日もそのつもりはなかった。
ゆっくりと顔を近づけて今度は先程よりも長く口付けを交わす。吐息を絡ませながら唇を重ね、
何度も繰り返し次第に深いものにしていくと、掴んだ手からジェームズが小さく震えるのが知れた。
しかしシリウスはそれが恐怖や拒絶からではなく、身体が覚えた快楽を呼び覚ましたためである事を
知っていたので、躊躇せず彼を引き寄せてさらに深く口付けた。舌が互いを探る度に酔いしれ、
痺れるように曖昧で奇妙な浮遊感を伴った感覚が体を満たしていく。
体を傾けジェームズを床へと倒し、上から組み伏せるように覆い被さっても、
まだ口付けは止めなかった。
どうしてもとせがまれる事もある。嫌だと拒まれる事も、
そう何度もあったわけではないがあった。そのどちらもジェームズのはっきりとした意思を
感じるというのに、今は曖昧で境界線の見えないものしかない。
ただ、その感覚は不安に思うものではない。だからこそ彼に触れ、
その先へと進むことを全く躊躇いもしないのだろうとシリウスは考えた。
ふいにシリウスの背後へ手がまわされた。抱きしめるような形のまま、片手でシリウスの背に縋り、
もう片方の手で後ろに縛ってあった髪を解かれる。何年か前から伸ばし始めた髪は今では
随分長くなっていたので、解かれた途端に下へと流れ落ちた。
邪魔だろうと聞くとそんな事はないよと言いながら、ジェームズは自分の真横に流れてきた髪を
口で掴んで引っ張った。
「‥‥‥痛いじゃないか」
憮然とした表情で文句を言うと、小さな笑い声が帰ってきた。しかしそれもすぐに止み、
先よりも幾分熱のある目でシリウスを見上げてくる。続きをと無言で訴えかける彼らしくない
控えめな、しかしそれ故に効果的でもある手練手管に、シリウスはあっさりと陥落して
ジェームズの耳元に唇を寄せた。
「どういう風がいい?‥‥どんな風にされたい?」
ジェームズが心地良くて好きだと言う低く抑えた声で問う。
「あまり焦らされたくはないかな、今日は‥‥」
そういう気分なんだと答えたジェームズは、全身の力を抜いた。
わかったと要求に簡潔に答えを返し、背後に回された力のない腕を解いて一度身体を離す。
するりと襟元からリボンを解き、さっさとシャツのボタンを外して上を脱いだ。
下も手早く寛げると、再び彼の上に覆い被さり、今度はジェームズのシャツを脱がせにかかった。
下から一つずつボタンを外すと、手慣れてるじゃないかと揶揄する声がした。
遊んでいた昔の自分を責められたような気分になり、何か弁解めいた事を口にしようとしたが、
上手い言葉が浮かんでこなかった。こういう時に口にする気の利いた言い回しが、
彼相手だとすんなり出てこない。今はジェームズだけだから、と胸中で言葉を紡いだが、
それは声に出すと白々しく聞こえる気がして喉もとで飲み込んだ。
前をはだけさせるとジェームズの首筋に噛み付くようにして痕を残す。
白い肌に浮き出た赤い印を目で確認すると、今度は首から下へと順に場所を移動させて
同じように愛撫した。
「あぁ、シリウス‥‥」
服の上から反応し始めている熱に触れると、ジェームズが震える声を出した。
そのまま何度か擦るように触れると吐息が乱れてきた。
相変わらず感じやすいなとシリウスが忍び笑いを漏らすと、ジェームズはキミだって、
と言葉を返して仕返しだと言わんばかりに、ゆっくりと反応し始めていたシリウスの下肢に触れた。
「 _________________ っつ‥‥」
ダイレクトに触れられた部分にジェームズは緩急をつけた刺激を加える。
自分の息が次第に荒く熱くなるのをシリウスは興奮と共に味わった。
始めはからかうような口調だったジェームズも自分の愛撫で熱を高めるシリウスに、
自身も煽られるように吐息を乱す。互いに手の動きを止めずにしばらくそうして高めあっていたが、
しばらくするとジェームズが深く息をついて手を離し、全身を力なく床へと落とした。
「もう‥何か、僕‥‥」
駄目みたいだと乱れた息の合間から言われたので、先刻の言葉通りシリウスは焦らすような
真似はせずに、彼の内部へと指を進めた。
「うぁ‥、あ‥ん」
傷つけないようにゆっくりと中を探る。もう互いの肌を重ねるのにも慣れた頃だったが、
さすがに内側をさぐられる感覚にはなかなか追いついていかないようで、
ジェームズが異物感に眉を寄せるのがわかった。
しかし、どういう風にすれば彼が良くなるかもシリウスはすでに知っていた。
傷つけないように慎重に、しかし手荒く扱われるのを好む彼のために
_________________ ジェームズにはそういう性癖があった
_________________ 手早く、最も感じるように指を動かした。
「んっ‥‥ァ」
声に明らかに苦痛ではない色が混じり始めた時には、シリウスの我慢の方も限界に来ていた。
もともとこういう事に関してはあまり我慢強い方ではない。
良く言えば奔放に、悪く言えば自分勝手にことを進める方が、
どちらかといえばシリウスには合っていた。
しかし、彼は決して焦っていたわけではなかった。確かに自分の我慢は限界に近かったけれど、
だからといって性急に事を進めることはしなかった。
ジェームズ自身は一言だって口にした事はなかったが、
シリウスは彼が過去に手酷く痛めつけられた経験がある事を知っていた。
感じ取ったというのが正しいのかもしれない。こうして彼を抱いている時、
彼が普段持つ理性を剥ぎ取った時、稀に見せる
_________________ それは本当に数秒もない程だったけれど
_________________ 怯えの表情が、シリウスにそれを気付かせたのだった。
始めは行為自体に怯えているのかと思ったがすぐに違うという事がわかった。
その表情の意味に気付いた時にはどれほど彼を問い詰めようと思ったかしれない。
しかし、結局そうはしなかった。シリウスは何不自由なく成長してきた温室育ちだったが、
そういう人間にしては珍しく、人には触れられたくない部分があるのだという事と、
それに触れない良識を知っていた。
_________________ それでも助けを必要としていれば
彼がどれほど隠そうとしたって無理やり引きずり出す事もあっただろうが、
とうに過去のものとなった古傷をわざわざ開かせることはない。
いずれ彼が自分で整理をつけた時には話を聞ける事もあるのだろう。
また、そんな時が来なくたってシリウスは構わないと思っていた。
_________________ 話さなくたって、そんな事は‥‥
忘れる方がいい。思い出し、打ちあけ、記憶として再び痛みを刻ませる必要はない。
ジェームズは確かに強靭な精神の持ち主だったが、
シリウスは彼のそんな性質が無性に心配になる事があった。
苦しいとか、辛いという感覚をあまり無視してはいけない。
そういうのは心が助けを求めている証なのだから。
押さえつけてばかりではそのうち駄目になってしまう。
ジェームズはそれを理解しているのだろうか?
他のことには聡い彼が、自身の心の傷にだけは驚くほど無頓着な事にシリウスは気付いていた。
きっと彼自身はそんな自覚もないに違いない。
だから不安なんだ、心配なんだ‥‥だから _________________
_________________ 守ってやりたいんだよ
しかし、それを素直に受け入れる彼ではないという事は嫌になる程理解しているのだった。
シリウス、と名を呼ぶ声で、追憶に身を浸していたシリウスは我にかえった。
「ああ、悪い‥‥」
考え事をしていたと謝ると、ジェームズは余裕だねと嫌味で返してきた。
余裕なものかと内心で苦笑する。
こんなにも振り回されてばかりなのに余裕だなんて言えるわけはない。
彼の内側深くを探っていた指を引き抜くと、ジェームズが両手でシーツを握り締めた。
今から与えられる痛みと、それを引き換えにして得られる快楽を受け入れるつもりなのだ。
ぞくりと体中を震えが走った。
今から一つになる行為にどうしようもなく煽られているのだという自覚があった。
ジェームズの両膝を裏から支えて折り曲げる。慣らした場所へと自身をあてがい、
歯を食いしばって痛みに耐えようとしているジェームズの額に一度だけ口付けを落とすと、
シリウスは触れているだけだった場所から奥へと身を進ませるために動いた。
はじめはゆっくりと押し開くようにして進ませた。少しだけ内部へと入ると、
その瞬間が一番痛むのか、食いしばった歯の隙間から微かに苦痛の声が漏れた。
出来れば痛みは与えたくはないけれど、こればかりはどうしようもない。
一度中に入っている熱に慣れさせようと動きを止めると、
ジェームズは苦しそうに胸を上下させながら息をしていたが、次第に平常の呼吸に戻りはじめた。
やがて顔を上げると欲に濡れた瞳でシリウスと視線を合わせた。
それが合図だった。シリウスは今度は先より強引に奥へと身を進ませた。
ジェームズが小さく悲鳴を上げてシーツをたぐりよせるようにして握った。
痛いのだろう、とシリウスは彼を気遣ったが、一つになろうと押し進める行為は止めなかった。
まるで餓えているようだと思った。今より少しだけ理性のあった先刻に、
彼を大切に守ってやりたいと考えたばかりだというのに。
だが、シリウス自身は自分の行動の理由をすでに知っていた。
_________________ オレはジェームズを自分のものにしたいんだ
もちろんそれが手前勝手な我侭だという事はわかっている。
しかし、シリウスの本心としてはジェームズのすべてを
_________________ それこそ彼の未来や、
過去ですら _________________ 自分だけのものにしたいと願っているのだった。
ジェームズを傷つけた相手は許せない。
しかし、彼にその傷を負わせた者を激しく憎む反面、羨んでいる事も事実だった。
消えない傷を残すという事は何よりの占有の証なのではないだろうか。
そう考えれば自分は彼を傷つけたいのかもしれない。
誰よりも手酷く傷つけて一時だって自分の事を忘れられないようにしてしまいたい。
シリウスはジェームズに気付かれないようにこっそりと嘆息した。
自身の矛盾した気持ちを彼はいつも持て余していた。
自分の独占欲が人より強い方だという意識があるだけによけいにうんざりする。
だけどもう二度と彼を他の誰にも触れさせるつもりはなかった。
_________________ 血の一滴だって‥‥
彼を手放したくないとシリウスは激情にかられる自分を自覚した。
穏やかで、労わりに満ちた気持ちと、今のような手前勝手な独占欲とは不思議と
シリウスの中で反発することなく混在していた。それはどちらも偽りのない本心だった。
だからこそシリウス自身も戸惑い、その不安定な気持ちがさらに彼を煽るのだった。
揺らし、突き上げるリズムを緩慢なものにすると、組み敷いた体から緊張がとけていく。
ジェームズの汗の滲む額に張り付いた髪を掻き揚げて瞼に口付けを落とした。
「愛してるんだ‥‥」
囁くように言うとジェームズの瞳が驚いたように開かれた。
初めて伝えたわけでもないのに、どうしてそう驚くのかと不思議に思いながら
シリウスは片手でジェームズの頬に触れた。
「愛してる」
もう一度、自分でも随分と切ないと自覚できる声で言うと彼の強張りが熱く脈打った。
自分の言葉が彼に届いているのだと分かり、自然と笑みが零れた。頬に触れていた手で
ジェームズの目尻に溜まっていた涙を拭うと、
体の内から湧き上がる衝動のまま荒々しい動作で奥まで突き上げる。
「ん、ぁっ‥‥シリウ、スッ」
深く抉るようにした後はゆっくりと引き抜き、何度も同じ事を繰り返す。
震える体を手の内に抱き、飽きることなく言葉を伝えながらジェームズの中を味わった。
首筋に唇をあてると脈打つ鼓動が伝わり、アルコールに酔った時のように霞がかった気持ちになる。
理性をかなぐり捨てて掠れた声を上げるジェームズに熱を送りながら、
シリウスも引きずられるようにして抑制を失くしていった。
シリウス、と泣き出しそうなジェームズの声で自分の名を聞くと、もうそれから先の事は、
はっきりとは覚えていられなかった。思い出されるのは際限なく貪るようにして高めあった快楽と、
時折悲鳴に似た声の混じるジェームズの嬌声、そして最後に彼の中に注ぎ込んだ時の
満ち足りた気持ちが細切れにあるだけだった。
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