唯一絶対神教における神秘主義  グノーシス主義 カバラ ゾロアスター教                                    
もどる    唯一絶対神教世界の思想には宗教思想である神学と思弁的な神秘思想とがあります。

グノーシス主義は神秘思想です。ユダヤ教にもイスラム教にも神秘思想があります。「神」との合体を語る神秘主義は、人間を「神」への奉仕者であるとする唯一絶対神教の精神とは矛盾する異端思想です。特に原罪主義のキリスト教においては厳しく迫害されてきたようです。ただ、「神」を見るとか、「神」と接したとかという体験(聖霊の降臨)程度の神秘主義なら賞賛され、聖者の列にも加えられたようです。
神秘主義は様々な一元多神教思想との混合、吸収、翻案みたいなもののようです。たとえばグノーシス派キリスト教のヴァレンティノスは「魂は、信仰の積み重ねによって精霊となることが出来る、霊的種子を生まれつき持っている。なぜ魂は信仰したりしなかったりするのか。それは霊的種子の目覚めによる魂のひらめきである」といいますが、ヒンズー教や仏教などインド思想の翻案でしょう。
イスラム教神秘主義で有名なスーフィズムは「神」を体験する儀式の違い、方法論のようなもので、大乗仏教における方法論と似ていて、多数の分派があるようです。
ユダヤ教神秘思想はカバラといわれます。グノーシス主義の影響を受けて、世界古今東西の思想からユダヤ教的に仕上げられた様々な考え方を、一つにまとめたもののようです。一元多神教的である一方、キリスト教的原罪・救済思想も組み入れるなど、矛盾を抱えながら長年にわたって積み上げられた、ユダヤ民族的想像力による壮大な世界創造の物語です。カバラの原義が「受け入れ伝承する」というのもそこに意味がありそうです。
カバラ思想では世界創造は「神」が自分自身を見たいと思ったからだといいます。人類の祖霊としてアダム以前にアダム・カドモンという原人が設定されています。原人の肉体の各部分は、世界創造の様々な原理(セフィロトと呼ばれる「神的力・セフィラの集合体」、セフィラは多神教の神々に相当します。)からなるセフィロティックツリー(生命の樹)と対応しています。原人の霊魂は生命の樹の生長とともに生命の樹の先端(下位)へと変化して現れ、最終的に人類の祖、アダムとイブになったということのようです。生命の樹の生長はヒンズー教や道教のような、原人から世界が分離展開すると考えるのではなく、創造神エイン・ソフ(無限なるもの)からの段階的なセフィロトの流出として、詳細に原理的に語られているようです。また、人間の霊魂には、生命(煩悩のかたまり)と精神(理性)と至聖の霊魂(汚れのない神の属性)という三つの次元があり、天国へ行けるのはトーラーと呼ばれるモーゼ五書の奥義に達したカバリストだけとされています。
輪廻思想もあります。トーラーの「生めよ殖やせよ」という律法を履行しなかった、つまり子を作らなかったものに対する刑罰として輪廻があるといいます。
カバラには原人と生命の樹以外にもう一つの創造原理があるようです。「始めに言葉ありき」(ヨハネ)の原理です。「神はトーラーを覗いて世界を創造した」といいます。カバラでいう「トーラー」とはもちろん人間の言葉であるモーゼの物語そのものではなく、その本質、通常の意味を超越した言霊みたいなものをいうのでしょう。モーゼ五書にはその言霊が隠されているとして、ゲマトリアという数秘学と結びついて様々な神秘的解釈が行われたようです。ロボットの先駆けのような人造人間ゴーレムはこの思想から生まれたようです。

   カバラ思想はデカルト・スピノザの思想にも大きな影響を与えたように思われます。

 旧約聖書の「創世記」一と二のあいだには明らかに違いがあると思います。
人間を作るとき「神」は自らを「我々」と呼んでいます。「創世記」が多神教時代に成立したものだからでしょう。アメンホテプ4世の唯一神信仰のあったエジプト起源と思われます。しかしユダヤ教では「神」の威厳を強調するために複数形で表現したと解釈されているようです。キリスト教神学では「三位一体説」の根拠としています。イスラム教はユダヤ教と同じように考えているのように思われます。あるいは、アッラーは自らを「我々」というものだと、そのまま受け入れて解釈しているのかもしれません。
創世記二は、「エデンの園」成立の経緯を記してあり、創世記一の補足のようにしてありますが、整合性を欠いているのではないかと思われます。
創世記一の神は「生めよ、ふえよ」と「彼ら」人を造りました。男と女を作ったということでしょう。
創世記二では始めアダム一人を作ってよしとしていました。その後、人が一人でいるのは良くないと考えイブを作りました。これではとうてい「生めよ、ふえよ」と思っていたとはいえません。
人は「善悪の知識の実」を食べることによってはじめて性を知り、欲望を知ったのですが、生めよ増えよというのなら最初から与えるべきでしょう。

 ゾロアスター教 「 古代秘教の本」学研、「世界大百科事典」平凡社、参照

 グノーシス主義ゾロアスター教の影響が大きいといわれますが、むしろその源泉でしょう。唯一絶対神教の成立にも大きな影響がありそうです。
 宗教にとって「悪」の出所が一番の問題でしょう。ゾロアスター教は善悪二元論で有名です。世界を善神と悪神の戦いとみれば単純で分かりやすいことでしょう。グノーシス主義者も物質世界の造物主(悪の原理)を悪の根源とし、本来聖なる霊魂の創造主(善の原理)と区別したのです。
 善悪二元論のゾロアスター教ですが、本来は一元的多神論だったようです。
 教祖ザラスシュトラ の時代における全能なる創造者はアフラ・マズダだったといいます。「始原(はじめ)にして終末(おわり)にまします」と称えられるアフラ・マズダのアフラとは「生命を与える」という意味だといいます。アフラの起源はヴァルナという「宇宙の秩序と人類の倫理を支配する神」だということです。天体の運行、昼夜・日月の規則正しい循環を司る神だったのでしょう。古代のイラン人は、神々はアフラ神族とダエーワ神族とに分かれて戦っていると考えたといいます。ダエーワとはギリシャ神話の太陽神ゼウスと語源を同じくします。ダエーワは物質的・肉体的な世界の神です。それに対してアフラの「生命を与える」とは霊魂を与えるということでしょう。霊魂は星々の世界から来ると考えていたのかもしれません。アフラ神は霊魂の神といえるでしょう。過酷な乾燥地帯の、酷烈な昼の支配者と清冽な夜の支配者という対比が考えられます。ザラスシュトラの一族とは占星術師のような夜空の呪術師だったのかもしれません。

 夜と昼、闇と光の戦いという図式こそ、唯一絶対神教への原点といえるかもしれません。
 霊魂の神に創造神の地位を与えて世界像を構築したのがザラスシュトラでした。
 アフラ・マズダは始め6柱の神(自然神的霊魂でしょう)を生み、さらに双子の兄弟神を創造したといいます。兄弟神は自由意志を持っていて、それぞれ善と生命を、悪と死を選択したのです。善の世界は不死で完全なものですが、悪の世界は有限で不完全です。人間の霊は自由意志を与えられて創造されたものですが、悪である物象世界で善と悪の選択を迫られるもののようです。選択の結果は死後に審判されるということです。最後の審判もあって、唯一絶対神教と似ていますが、死後すぐに審判を受けるという点で違います。
 ザラスシュトラの思想には霊魂の再生ということが無いという点でも唯一絶対神教と共通です。

 ザラスシュトラが、前2千年紀中頃から前6世紀のいつの時代の人かはっきりしないのは、一人ではなく、一族に代々引継がれた呼称であると考えるほうが自然でしょう。ザラスシュトラ継承の千年のあいだに自然神信仰時代から精神主義的宗教への移行が伺えます。その思想的影響はインドやギリシャにも及んでいたと考えらているようですが、旧約聖書における天地創造の七日間にもその影響を見ることができそうです。
多神教時代の、自然的なサイクルによる円環的時間観念に対して、不可逆過程の直線的な時間概念による歴史観を構築したのもザラスシュトラだといいます。この世という悪の世界の終りという考えから来た必然的な結論でしょう。