黒い潮

      おっかあ！海が　海がない
      真っ赤だ！
      わあッ！おっ母ァ　海が
      海が

誰も知らない
その日　その日に
黒い潮が押しよせてくる
  (見えぬか　黒い潮のその顔が
   青白い燐光で
   目口を型どった）
誰も知らない
その日　その日に
黒い潮が押しよせてくる
  (見えぬか　黒い潮のあの口が
   あまりに静かになめている)
誰も知らない
その日　その日に
黒い潮が押しよせてくる
  (見えぬか　黒い潮のあの背(せな)に
  われらの幻が乗っている）
誰も知らない
その日　その日に
黒い潮が押しよせてくる
  (見えぬか　黒い潮の背負ってる
  死んだ地球の砂漠の波を）
おゝ　見えぬか　聞こえぬか
世のあつれきの　隙間から
にじみ浮かんだ　あの潮
声ない恨みの　あの潮
  (誰も知らない
  その日　その日に
  黒い潮が押しよせてくる）
見えぬか　聞こえぬか
黒い潮のあの声が
すべてもとにかえるのだと
涙もらさぬその声が